第12話 カウンセリング

 自分の気持ちを

黙って聞いてくれる人が

必要だったんだね。

「こうしたほうがいいよ。」って 

アドバイスはいらなかったんだね。


 理解しようと、

毎日頑張っていたと思う。

いい加減

「こんなことぐらい自分でやってよ。」

という気持ちが出てきて 

イライラしていたけれども。


 マークはパニックアタックを起こして 

仕事に行けなくなってから 

カウンセリングに通い始めた。


パニック障害に関して 

オーストラリアでは有名な女医だった。

彼女のオフィスは6階にあった。 

マークが行けるのは5階まで。


 「高所恐怖症で 6階には行けない」と

予約の時に伝えると 

1階のロビーまで降りてきて

カウンセリングをすると言ってくれた。


 初診の日、私はマークに付き添って 

彼をロビーに残して6階に向かった。

受付で、予約をしているマークは

下のロビーで待っていると伝えた。


 優しい感じの先生が出てきて 

2人はエレベーターで下に降りた。

ロビーでマークが

カウンセリングを受けている間 

私は少し離れたところに座って

本を読みながら待っていた。


 カウンセリングが終了して 

マークが私を呼んだ。

上機嫌だった。


「エリーは 料理が上手なんだ。 

特に日本食がおいしい」とマーク。

私のことか、二人の生活のことを

話していたんだろう。


「日本食、私も好きよ」と先生が言った。

「今度、エリーが作って持ってくるよ」 


顔が引きつった。 

どうして私が初めて会った人のために 

何か作らなければいけないの? 

彼女が何を好きかなんてわからないし。


私の気持ちなんてお構いなしに 

おいしいから きっと気に入るよ」

と、さらに追加。


車に戻ってから 

「どうして勝手に何か作るなんて言うの。

先生の好みもわからないし、 

ほんとに食べたいと思っているかもわからない。」


「エリーがいつも作っているもので

いいんだよ。 

おいしいから絶対に喜ぶよ」

マークは、自分がいいと思ったものは 

絶対にみんなが気に入ると思っている。


「エリーは僕が何か頼むと

すぐにしてくれるね。

オーストラリアの女性は

これがすんでから、とか 

今はできない、とか言って 

なかなか動いてくれないのに。

日本人の女性って素晴らしい」 


 マークがコーヒーを飲みたいと言ったり、 

何か探し物をしていたりすると、 

私は自分のしていることを中断して 

彼の要求を満たしていた。

私に感謝して「いつも、いつも、

Yesって言うことないんだよ」と言っていた。


 だから「私、作らないから。」と断った。

すると「どうして? 

何も特別なものを作ってと

言ってるんじゃない。 

いつも作っているものを

少し持っていけばいいんだ。

ほんの小さな頼みなのに

どうして聞いてくれないの!」

と怒鳴る。


「いつもYesって言わなくていい、って 

言ってたでしょ。」と、私が言い返すと

「Noって、断ってもいいけど 

それに対して怒るのは別問題だ」


 もう、話にならない。 

思考回路がわからない。

Noと言ってもいい、ということは 

その意見を尊重して 

歩み寄るということだと思っていた。 

それをNoと言うのは自由だが 

それは許さない!ということなのか。


「心の病気」って 

どんなものなのかわからないから、 

一生懸命理解しようとしているけれど、 

その考え方って「心の病気」と関係あるの?

「心が病気」なら何を言ってもいいの? 


 また一つ、

イライラの種をもらってしまった。

でも、今、何か言い返しても 

どんどん悪化していくだけ。

車の中の空気が

一気に凍って固まってしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る