第10話 ショッピングセンター

 当たり前のこと。

日常生活で特に意識する必要のないこと。

そんな小さな一つ一つのことが、

マークにとっては大事件だった。


近くのショッピングセンターの

フードコートに、新しく日本料理店が

オープンしたので行ってみることにした。

キャシーも一緒に行きたいと言うので

3人で出かけた。


 ショッピングセンターは

住んでいるユニットの裏側にあって

歩いても10分かからなかった。


けれどもマークは車で行くと言う。

どうやら、彼にとっては

家が一番安全な場所で

次は車となっていた。


だから、家からある距離以上離れると

異常な恐怖心が生まれて

先に進めなくなるらしい。


これが「結界」の正体。


そして、車から降りて歩いていくときは

車が安全基地のようになって、

そこから何メートル以内なら安全だと

思えるみたいだった。


 そんなことを知らないキャシーは

「健康のために歩いたほうがいいのに」

と言いながらも車に乗り込んだ。


 ショッピングセンターに行くと

マークは必ず同じエリアで駐車するところを

探す。


サイロの後遺症なのか、

閉所恐怖症気味のところがあって、

エレベーターを避けたがるので、

エスカレーターでショッピングセンターに

入れる場所に近いところに車を停める。


 日本料理店は中国人が経営するもので

うどんとラーメンのスープが

同じだったり、そばの上にコロッケが

のっていたりで、がっかりした。


 食事の後、キャシーがコーヒーを

飲みに行こうと言って、すぐ近くの

オートスロープで2階に上がった。


そのオートスロープで

上に行ったことはなかったが、

エレベーターではないし、

2階なので大丈夫だと油断していた。


 オートスロープを降りると、

あたり一面ガラス張りで 

サンサンと陽が入っていた。


2階だと思っていたら3階になっていて、

吹き抜けから下の様子が見える。


 いきなりマークがパニックを起こした。

生け捕りにされた獣みたいに、

逃げ出すところを探して

右往左往し始めた。


どこに行ってもガラス張り。

外が丸見えになっていた。

3階なのに、まるで超高層ビルに

上ったような恐怖心に襲われていた。


「マーク。 落ち着いて」

と言う私の声も耳に入らない。

どうやって落ち着かせたらいいのか、

キャシーと二人呆然と見ていた。


マークの緊張が伝わってきて、

私たちもパニックを起こしていた。


「マーク!」


「マーク!」


自分の気持ちを落ち着かせるためにも

私は彼の名前を呼び続けた。




「ここから下に降りられるから」

ようやく、非常口を見つけて

私が叫ぶとマークが私の手を取って

階段を下り始めた。

キャシーもおたおたと後からついてきた。


 2階に着いたとき

3人ともぐったりと疲れて

のどがカラカラだった。


「何か飲む?」と私が聞くと、

「家に帰りたい」とマーク。


「私は買い物してから帰るよ」と

キャシーが言うので、

私たちはキャシーと別れて家に帰った。





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