第7話 パニックアタック

 満月は必ず欠けていく。

甘い生活はいつまでも続かないという意味を込めて、

「蜜月」と言うらしい。


 ある朝、マークが7時になっても起きてこない。

「7時だよ。」と起こしに行くと、 

「すごく疲れていて起きられない。今日は休む。」

と言って、ベッドから出てこない。


無理に起こしてもかわいそうなので、

そのままにして、一人で朝食をとり、

洗濯をしてLa Grandeに行った。


 マークのことが気にはなっていたけれども、

寝ているのなら起こすのも悪いと思って 

電話はしなかった。


毎日迎えに来るマークの姿がないので、 

オーナーのキャロルが

「マークはどうしたの?」と聞くので、 

「風邪をひいたみたい」と答えた。


 家に帰ると、リビングでマークが

ノートパソコンで何かしていた。

「大丈夫?」と聞くと、

「今は 気分がいい」と答えた。


マークの笑顔にほっとして 

夕食の準備に取りかかった。

いつもと同じ穏やかな時間が過ぎていった。


 翌朝、またマークが起きてこない。

起こしに行くと「エネルギーがない」と言う。

「ちょっと頑張って起きてみたら」と言っても 

「No energy.」と言うだけ。


大人なんだから、

ちょっとぐらい疲れていても、

起きて仕事に行け!

と思って何度か起こそうとしたが、 

「ほっておいてくれ」と 

すごい剣幕で怒鳴られた。


それだけ怒る元気があるなら、 

仕事に行けばいいのに…と思いながら

私は仕事に出かけた。


結局、仕事に行かなくなって

1週間が経ってしまった。

朝はエネルギー切れなのに、

私が帰ってくる頃には 

エネルギーがチャージされてる。 

単なる怠け者じゃない!

彼を責める気持ちでいっぱいだった。


帰ってきた私を、

いつもの笑顔で迎えてくれたが

私の顔は引きつっていたと思う。

夕食を作る気もせず 

「ちょっと 話したいんだけど」と言って、 

どうしてこんなに仕事を休むのか、

お給料が入ってこなくなるとどうなるのか、

と、この1週間たまっていた不満を 

一気にまくし立ててしまった。


すると、突然彼の頭が異様な速さで、

カクカクと上下左右に震えだした。

ロボットみたいな動きだった。


彼に何が起きたのか全くわからなかった。

どうしたらいいのかも、 

全くわからなかった。


なすすべもなく見ていると、 

やがて動きが止まった。

「パニックアタックなんだ」

とマークが言った。


ずいぶん前に、パニック発作を

起こしたことがあるらしい。

初めて起きた時は、苦しくて

死んでしまうかと思ったけれど、

体にはどこにも異常がなく、 

医者の勧めでカウンセリングに通って

治まったそうだ。


その時以来、

一度も発作は起きなかったので

マーク自身も忘れていたぐらいだった。

それが突然職場で起きて、 

次の日から仕事に行けなくなったらしい。


「エリーに心配かけたくなかったんだ。 

でもこの1週間、エリーが仕事に出かけて 

一人でいるときに何度か発作が起きたんだ」


パニックアタック。 

聞いたことのない言葉だった。

何より、人があんなふうに動くなんて 

見たことのない症状にショックを受けた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る