第4話 プロポーズ

 世界が輝いて見える。

ほんとにそんなことが起きるんだと思った。


 あの頃の私にとって、

樹々の緑はいつもより青々として見え、

空は限りなく澄み切って見えていた。


 初めてデートした日から

マークは毎日La Grandeに来た。

私のシフトは6時まで。

彼は8時から4時の勤務で、

仕事が終わった後

少しビーチを散歩して私を迎えに来た。


 「ビーチでリフレッシュして

いい気分でエリーと会うんだ」

穏やかな彼の笑顔で、

私の一日の疲れやストレスは吹っ飛んだ。


 2週間、毎日外食していたら、

さすがに胃の調子が悪くなってきた。

昨夜、帰ってから

簡単にできる洋風ちらし寿司と、

チキンコンソメでスープを作っておいた。


シェアメイトのオリビアの分もある。

マークと付き合いだしてから、

毎日、私が「マークがね…」と

ことあるごとに話をするために

「もう、マークって名前にうんざりだわ」

と言っていたので

お詫びのつもり。




 6時きっかりにマークがフロントに現れた。

「今日はうちでディナーを食べよう」

と、私が言うと

満面の笑みを浮かべた。


 「この寿司サラダ、とってもおいしい。

スープもね。レストランで食べるより

ずっといいよ」


 ちらし寿司と言ってもわからないので、

酢飯にオリーブオイルを少々混ぜて、

細かく刻んだ生野菜と

炒り卵・カニかまぼこを混ぜたものを

『寿司サラダ』と言って出した。


オージーの中には

野菜はポテトとコーンしか食べない。

メインディッシュは、

ハンバーガーやローストした肉しか

考えられないという人が多いけれど、

マークは、日本食や韓国料理をはじめ

アジアンフードが大好きだった。


この日から、ほとんど毎日

うちで夕飯を食べるようになった。


 オリビアは最初に会ったときから

何故かマークが気に入らなかった。

マークの言葉で言うと、

ケミカルが合わないんだろう。


だから彼女は

ディナーの時間をずらして帰ってきたり、

友達と電話をしたりするために

自分の部屋に閉じこもっていた。


 ある日、二人でディナーを食べているとき

オリビアがすごく不機嫌な顔をして

ガチャガチャ音を立てて洗い物をし始めた。


オリビアに聞こえないようにマークが言った。

「オリビアは僕のことが嫌いなんだ。

僕はそういうことが敏感にわかる。」

オリビアの態度は

「敏感でなくてもわかるだろう」

というぐらい露骨だった。


 次の日、マークは大きな箱を抱えて

私を迎えに来た。

片手鍋3つとフライパン2つのセットを

買ってきた。


「今日からうちで食べよう。」


私も昨日のオリビアの態度が気になって、

今日は外食しようと思って、

何も用意していなかった。


 買い物に行く前に

まずマークの部屋に行った。

引っ越してきたばかりで

家具がそろってないと言っていたが…。


 ドアを開けるとリビング。

6人掛けのダイニングテーブルと

一人掛けのソファが2つ。


キッチンには冷蔵庫もない。

もちろん調味料も油もない。


メインベッドルームには

クイーンサイズのベッド。

もう一つのベッドルームは何もない。

ランドリーに洗濯機はあった。


あまりに物がなくてびっくりした。


「これじゃ何も作れない…」。

そうマークに言って

その日は外食することにした。


 次の日から

二人で夕飯の買い物をするようになった。

どちらかがその日に食べたいものを言ったり、

おつとめ品になっているもので

作れるメニューを考えたり、

料理に時間をかけたくないと思ったときには、

焼き上がっている

ローストチキンを買ったりした。


調味料も少しずつそろえていった。

マークと一緒に買い物をすると、

意外なものが好きなことに気づいて

楽しかった。

例えばコリアンダーが大好きで、

何にでもコリアンダーを添えようとしたり…。


休日やレイトナイトショッピングデーには、

家電を買いに出かけた。

「エリーがいいと思うものを買ってよ。

僕は何でもいいから。」と

冷蔵庫や電子レンジを選ぶときは

大きな犬みたいに

私の後をついてくるだけだった。


 何でも二人で選んで、まるで

二人で巣作りをしているように思えた。

ガランとしていた2ベッドルームのユニットも、

少しずつ生活感が生まれていた。


 ある日、私を迎えに来てマークが言った。

「今日は仕事が終わらなくて

ビーチに行けなかった。

ちょっと、ビーチを散歩してから帰ろう。」


たまにはビーチを歩くのも悪くない。

二人でブロードビーチの砂浜を歩いた。

しばらくすると太陽が沈み始めた。

きれいなサンセットを

二人で並んで見ていると、

肩に回されたマークの手が離れた。


 「なに?」と

不思議そうな顔をしている私の前で、

彼が片足でひざまずいて

「Will you marry me?」と

私の手を取って指輪を差し出した。


 またしてもサプライズ。

自然に涙があふれてきて

私は無言でうなずいた。


付き合い始めてから

まだ2か月しか経っていなかった。

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