第18話「命より重き主の為に」
壮絶な殴り合いを繰り広げるリアとガンベルト。細く華奢、しかし筋力は相手と同等
だからこそリアは彼と互角に渡り合っている。同じ力の殴り合い、差が出てくるのは
キャリアだ。リアよりも長い時を生き、ガンベルトは彼よりも修羅場を潜り抜けて
いる。様々な相手と戦って、その対抗策を持っている。
「やはり若いな」
「―ウッ、ぐぅっ!」
リアの体がぐらついた。
それを好機と見たガンベルトはラッシュをかける。リアは守りを固める。
一方的な戦いだ。レイチェルは地面に倒れる寸前のリアと目が合った。
―大丈夫です。
何かが砕ける音がした。馬乗りになったガンベルトは容赦なく顔面を潰すつもりだ。
数分殴り続けリアが力を緩めた。そしてガンベルトは拳を止めた。
「かっかっか、少々焦ったぞ。流石はお前の使用人」
ガンベルトが何かに気付いた。レイチェルが先ほどまでとは違う。相手の出方を
ジッと窺っているようにも見える。そして周りも負けを認めていない様子だった。
頭が可笑しくなったのか?仲間が死んで自暴自棄になったのか?
きっと彼が分かるはずもないだろう。
たった一瞬だけで人間が意思疎通できるなど思いもしないだろう。
主人と従者の繋がりの強さを正確に測ることも出来なかっただろう。
ボロボロの体に鞭を打ち、立ち上がった若い男はゆっくりとガンベルトの前に
立ち、力なく構えた。
「ハッ、やはり貴様は狂っているな。既に見えてもいない、聞こえもしない、
何よりそんな体でパンチなど打てるものか!」
グシャグシャの顔を歪ませた。
「うっえやうよ。いええうかあな」
舌足らずな言葉でリアは挑発した。その言葉をどうにか脳内で整理する。
“打ってやるよ。見えてるからな”
そうか、レイチェルと視界を共有しているのか。男だって馬鹿ではない。
「主人の力を借りなければ戦えないのか」
そんな挑発に反応したのはレイチェルだった。
「従者だから主人の力を借りてはいけない。そんなの何処の誰が決めたの?
普通の主人なら従者にこう言う―」
「「「いつでも私を頼りなさい!」」」
サラ、レイチェル、ジャネットが声を揃えて言った。リアの視界は確かに
塞がれている。だが彼の潰れた目にはレイチェルに見えているものが
ハッキリと見えている。ガンベルトが構えた。見える、きっとこの男は
ここから真正面からパンチを繰り出す。ならば迎え撃ってこそ!
リアがぐっと拳を握り突き出す。
「ぶっ放せぇェェェェェェ!リアァァァァァァァァ!!!」
「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
レイチェルの叫びに呼応するようにリアが雄叫びを上げる。
ガンベルトが倒れた後、ゆっくりリアも地面に倒れた。
レイチェルの住む屋敷。そこにある白いベッドの上でリアは目を覚ました。あの
演説、戦いから数週間後だった。
アイシャの治療を受けたが完治は出来ず顔は継ぎ接ぎだらけの顔だ。
「俺と同じだな」
レイアだった。
「えぇ、これではフランケンですよ。暫く人前には出たくありません」
「それだけ流暢な話し方が出来るようになっていたのか。流石アイシャ様だな」
レイアが部屋を出た後、何やら話し声が聞こえレイチェルが入ってきた。
彼女はゆっくりリアの近くに歩み寄り、顔をくしゃくしゃにした。
「…どうしたのですか。レイチェル様」
「だって…だって、リアがぁ…!!」
リアの胸にレイチェルは顔を埋めた。
「ご心配をおかけして、申し訳ございません。レイチェル様」
その次に飛び込んできたのはメルディだった。レイチェルは
「いやいや、私は年上だし。メルディちゃんが一緒にいてあげなよ」
なんて言って部屋をそそくさと出て行ってしまった。心配そうに
彼を見つめるメルディにリアは微笑を見せた。
「メルディちゃんにも心配を掛けちゃったね。ベッドの準備はメルディちゃんが
してくれたんだよね、ありがとう」
「ううん、アイビスさんとアイシャさんたち手伝ってくれた」
「でも、これは君が飾ったものだろう?」
メルディの顔がポッと赤く染まった。リアが見せたのはピンク色の薔薇だった。
それは小さなガラスの小瓶に入れられている。
「目は見えているかい?耳は聞こえているかな?」
夜にはアイシャがそう声を掛けて来た。
「えぇ、問題ありませんよ。あのーもう体は動きますから仕事を…」
「駄目です」
「でももう体動くし「ダメ」…少しぐらい聞いてくれても「駄目です」・・・」
レイチェルに3回言われてリアは押し黙ってしまう。一種の職業病だ。
一日中動いていなければ落ち着かないというところまで進行しているらしい。
「これは命令だと思うことだね。もう少し、顔の縫い目が消えたら仕事を
することを許す。それまではゆっくりと体を休めること、メルディ。
君にリアの監視役を任せる、しっかり仕事を熟すように。逃げようとしたら
どんな手を使ってでも止めるように!」
「はい!!」
メルディがビシッと敬礼する。アイシャはふっと鼻で笑ってリアのほうを見た。
してやられた、という顔をリアがしていた。
小さなメルディ相手にリアが力づくで抜け出そうとはしないだろう。
「これからの方針を考えなければな。向こうには権力というものがある。それを
奪わなければならないが、それが問題だ」
国vs個人の戦いだ。小さな連合のため、立ち向かえるのかどうか危うい場面がある。
国の上層部は自身の利益を優先する。となると彼らが不利になること。
「同盟を結んでいる国を味方につける、と言う事ですか?」
レオンハートの言葉にアイシャは頷いた。
「心配いらないさ。今、他国とどのような関係になっているのか知っているかい?
王が不在で彼らが実権を握ったことで彼らは一方的な契約ばかり持ち掛け
嫌われている」
だが、とアイシャは話を続ける。
「他国の王も馬鹿ではない。それなりに容易にレイチェルの要求を呑んでくれるさ」
「…!そうか。王族の特徴を他国の方たちは知っています」
「あぁ、後はその片目についての話を信じてもらえるかどうかだけど」
全員が少し俯いてしまった。
「まぁ、そこは臨機応変にってことで…!」
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