第16話「王国騎士団、脱退」

囚人の群れの中を彼らは突き進んでいく。最前線でベディヴィアの槍が唸る。


「流石としか言えねえな。特攻かよ」

「そうやって進むしかないからな」


アイビスとリアが言葉を交わす。


「お前にまた会えて良かった。といってもお前は覚えていないか」

「ううん、少しだけ覚えてるよ」


レオンハートの隣を走るレイチェルはそう答えた。少し息を切らしているように

感じるがいざとなれば背負えばいいかとレオンハートは考えた。


「お前は何をするつもりなんだ。ここから俺を開放して」

「他の候補者の人たちと同盟を結んで反対運動をしようと思う。だって

可笑しいもの、今国を引っ張っている人たちは」


レオンハートはふと足を止めた。それに釣られて他の全員も足を止めた。

彼は空気を圧縮した。それによって空気が重くなり、周りの囚人たちは

困惑する。それはレオンハートが持っている力だ。圧縮、圧力を加えて物体の

容積を縮小すること、規模を小さくすること、割合や数量を減らすことだ。

空気を圧縮すればそれは武器にもなる。時間を縮めることも出来る。

それを他人に使えば。


「なっ、瞬間移動―ッ!ぐわぁ!!」


そう瞬間移動に見紛うほどの速度で移動させることが出来る。

圧縮とは違う形で全員が問答無用で地面に沈められる。


「よく耐えてんなぁ、すこーし本気で潰そうとしてたんだが」

「何が、少しだよ…!」

「知ってるか?お前たちを殲滅するためだけに特殊部隊を作ったんだぜ。俺は

そこの隊員、殲滅部隊ガーディアンの一人クラブのジークムント」


ジークムントを名乗った男は恐らく重力を操っている。鉛のように重い片腕を

どうにか持ち上げ彼は手を握る。空気圧縮だ。少しだけ体が軽くなった気がする。

特に足腰を鍛えている人間はここでなら立ち上がれる。剣、そして拳を放つ際に

重要なのは足腰の体幹、ゆっくりとリア、アイビス、ベディヴィアは体を起こした。

ジークムントが率いて来た軍隊を実質3人だけで相手をする。


「さて、どうやって分担する?」

「じゃあ僕がジークムントを」

「ということは俺たち二人で雑魚処理か」


リア、ベディヴィア、アイビスがそれぞれ分担する。ジークムントは地面に降り

軽く挑発する。


「来いよ、王国三騎士。隻腕の騎士ベディヴィア・ビアンコ、もう一本の腕も

俺が壊してやる」

「君には壊せないさ」


ベディヴィアもまた挑発した。彼は槍を片腕で振るう。空を切る音が全員の耳に

聞こえる。彼はユーフェミア、エレオノールと並んで王国騎士団の顔となる騎士だ。

―ここで主も守れない人間に騎士を名乗る資格は、無い!!

地面を蹴り上げその槍を振るう。槍はジークムントの脚で軌道を逸れるも

ベディヴィアは動揺しない。次へ次へと切り替える。

ジークムントは心の底から彼を称賛する。さっきの蹴りでなんとなく槍の重さが

分かった。常人が片手で振るえる重さではない。そんな重量級の武器を振るう

腕は、足腰は、どれだけの時間を費やして鍛えて出来上がったのだろうかと。


「ッ、レイチェル。お前は下手に動くな」


レオンハートの隣で四つん這いになっているレイチェルはベディヴィアのほうに

腕を伸ばした。何かの魔法を使おうとしている。ベディヴィアのほうも

レイチェルの白銀の、柔らかい魔力を肌で感じていた。彼は自ら槍を手放す。

一瞬、そうだ、その一瞬が命取りになる。虚空の腕は青い光を帯びて槍を握り直す。


「「神造義手アガートラーム!」」


レイチェルが魔力で腕を作り、その手で握った槍にレイチェルの魔力と彼自身の

魔力を上乗せして放つ槍。それは空間すらも貫く。重力を捻じ曲げ、守られている

男の胴体を重々しくも美しい光を放つ槍が貫いた。光の腕が消え、ただただ鍛え

上げられた腕が彼の体から槍を抜いた。


「分かるぜぇ…あのジジイ共が、危険視する理由…」


それだけ言い残して男は息を引き取った。

牢獄を抜けて船に乗っているときにベディヴィアは軽く自身の手を握ったり開いたり

した。


「アンタの手は、努力した人間の手だ」

「…レオンハートさん。どうしたんですか?休んでいてください」


レオンハートは虚空の腕を見つめた。


「あるべきものが無いことは悲しいことだ。お前は強い」

「そうでしょうか。僕はただガムシャラだっただけですよ。まだまだです。

それよりレイチェル様の話、貴方はどうするんですか?こちらに手を貸してくれるのですか?」

「元より貸すつもりだった。レイチェルの両親には世話になっていた。幼い頃に

一度道案内をしてもらった」


迷子になってな、とレオンハートは軽く笑った。その小さな出会いが今は

大きな力となって加わっていた。頼もしいことこの上ない。

国の上層部が二つに分かれていた。やはり、次世代へ代替わりすべきだと

考える少数若手派。今のままを貫き通すべきだという多数年長派。


「分かりました。ならば僕たち騎士団は国直属ではなくレイチェル・フローラ派に

加わることにいたします」


そう宣言したのは新たな団長レイア・アストレア。橙色の髪をした若き団長が

立ち上がり少数派がその次に立ち上がった。レイアはかつて過去の王族に従って

居た。一度は騎士団長の座を降りたが国が揺れ動く今、団員たちの強い志望で

彼は再び団長になった。彼が言ったことは騎士団全体で決まったものだ。


「ふっ、だが良いのか?おぬしらも反逆の罪に問われるぞ」

「まさか。それは覚悟の上ですよ。貴方たちこそ、良いんですか?今、素直に

罪を認めここを去れば恥ずかしい思いをしなくて済みますよ」


老人たちが歯軋りをしてヤジを飛ばす。

その言葉を聞き流しながら若い騎士団長は悠々と会議室を出ていく。

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