第10話「複数の珍客」

国では全員が騒ぎ立てていた。

竜と平和を約束したハルモニア王国に伝わる予言の碑石。それによって

次期王となる存在が教えられていると言っても過言ではない。そのはずだ、

絶対に外れないと議員たちは宣言していたのだ。しかし予言は外れた、

あろうことかハーヴェストの人間を候補者にしていたのだから現在の彼らに

対しての評価はかなり下がるだろう。だが国民たちが揃って認めているのは

王族の存在。消えてしまった王族と同じ特徴を持つレイチェルはさらに国民から

注目を集めることになっていた。


が、レイチェルには今それを気にしている余裕は無かった。

見えない目には真っ暗闇が広がっているばかりだ。


「どうしたものかな。治そうにも治せない」

「アイシャでもダメなの?」

「君、私だって全知全能ではないのだよ?それはさておき君にはしっかり目を

治してもらいたい」


アイシャがはっきり意思を言った。レイチェルも頷いた。見えないのは困る、

自分でやりたいことが自由にできないではないか。


「すみません、レイチェル様。貴方にお会いしたいという方がお越しです」


リアはレイチェルの手を引いた。彼女がしょうもないところで躓かないように、

彼女の歩く速度に自分も合わせる。他人に一糸乱れずに合わせることは意外と

難しい。彼女を座らせてリアは彼女の後ろに下がった。


「初めまして、私は王国直属神官イザベル・ユーヴィエルと申します」

「レイチェル・フローラです。よろしくお願いします」


レイチェルが会釈した。


「まぁ、なんて痛々しい傷。その綺麗な目が見られないのはとても残念です。さて

本題に入らせていただきますね。今、キャサリン・オットーがハーヴェストの人間

だったという事実に国民たちは揺らぎ、貴方に注目しております―」


キャサリンは現在、牢獄にいる。ベディヴィアの報告により彼女が正真正銘

異端宗教ハーヴェストの人間であることが明るみに出たため、人々は

その情報を信じる。となれば強く注目が集まるのはレイチェルだ。彼女の

正体を暴いた王族に似た少女。今は水上都市マーレでの一件から数週間が

経っている。その間に城に数人の男が何度もやってきては予言の碑石を

見せろと言っていたというのだ。だがそれは国宝中の国宝のため安易に

見せることは出来ない。だから何度も彼を追い払っているらしい。


「…その男たちはきっと自分たちが知らない何かを知っているかもってこと?」

「流石はレイチェル様。その通りです、それで貴方には特別に見せたいと思い

ここに来たのです」


イザベルはそう言った。勿論、議員たちには反対された。候補者と言っても今は

ただの一般市民。見せられるわけが無いだろう、と…。


「反対を押し切って、レイチェル様を連れていくことを決意したのです!」


イザベルはギュッと拳を握った。


「だけど大丈夫なの?そんなことしたら色々…」

「大丈夫ですよ。レイチェル様、アイシャさんの事を知っていますか?彼女は

議員同等の権力を持っております」


レイチェルはアイシャのほうを見た。アイシャは苦笑した。


「言わなくても良いと思うのだが、まぁ良いさ。私も碑石とやらには疑問があった

からね」


アイシャは疑問を抱いていたらしい。本当にそう書かれているのか、正しいのか?

絶対などあり得るのか?

この世に絶対は無いと思う。それを証明したのが今回のキャサリンの一件だ。

イザベルもまた彼らに不信感を抱いたというのだ。何か怪しい。先の一件でも

弁明でキャサリンがハーヴェストの人間であることは元々知っており、彼女の

正体をレイチェルが暴くことも碑石に書かれていたという。ハーヴェストだと

知っていたのなら彼女を候補者としてエントリーさせていいのか?その答えは否。


「もしかしたら何度も来ていた男たちは知っているのかもしれません。碑石の

秘密を…だから私は彼らを見たときに声を掛けたのです」




夜に来た男は大柄で顔はマスカレードのような豪華な仮面で隠されいていた。

イザベルは震える体を抑えて声を掛けた。大男は振り返り、彼女を見下ろす。


「何の用だ、お前。追っ払っておきながら引き留めんのか」

「はい。ですがこれは国としてではなく私の提案です。碑石は見せます」


彼が大きく反応を見せた。やはり彼は碑石に強く興味を示している。


「一週間後、城に来てください。必ず、碑石を見せます」


男は口元に笑みを浮かべ目線を合わせるように屈んだ。仮面の下から黄色の

瞳孔が見えた。


「―その言葉、忘れんなよ」


イザベルは何度も頷いた。満足したのか男は嬉しそうに笑みを浮かべて帰路を

辿った。イザベルは深呼吸した。あの男は怖い、威圧感が強かった。

それに加えてもう一つ、イザベルが見かけた男がいた。

昼間。壁に貼られているのは候補者の顔と名前だ。その中にあるレイチェルの絵を

ジッと見つめている男にイザベルは声を掛けた。彼もまた仮面で顔を隠していた。

彼の周りは一段と寒かった。


「どうしたのですか?」


イザベルが声を掛けると男が横を見た。彼の口から白い冷気が吐き出された。


「―あの子は」


男の白い指はレイチェルの絵を指している。


「次期王となる候補者の一人、レイチェル・フローラですよ。唯一、特殊な家柄の

生まれではない一般人の候補者です」


彼が首を傾げる。そうは思えないが…、と納得の言っていない様子だったが彼は

イザベルの話を聞いてから人混みに紛れて姿を消してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る