第9話「盲目の蒼眼」
「そうなると…もしかしてエレノアさんは予知能力を持っていたのでしょうか?」
食事が終ってからもその話が続いていた。リアの言葉には一理ある。レイチェル自身
視える目を持っている。その母であるエレノアも何か力を持っていたと考えても
良い。
「そうなんじゃねえの。昔から変わったこと言ってたじゃねえか」
アルファルドが聞いたのはエレノアが彼と出かけていた時、彼女が辺りに目を向けてから彼をその場から離した。すると上から植木鉢が落ちて来たのだ。手を滑らせて
誤って落としてしまったと言っていた。一足早い危機回避、偶然なのかそれとも
本当に彼女自身の力で知ったのか。
レイチェルがふと顔を上げて辺りを見回した。彼女だけでなくリアたちも気配を
感じていた。
「…数は、数十人ぐらい。さっきのハーヴェストの信者たちだ。それに多分、もう
一人が」
「ここに居ることに気付いていたみたいですね」
レイチェルが一点を見つめて目を細めたり見開いたりしている。
「小さいけど…石?宝石?」
「もっと詳しく教えてくれるか」
レグルスの言葉に頷き、彼女は自身が見える範囲で教えた。淡い紫色で掌サイズの
宝石。それを守るようにハーヴェストの信者たちが丸くなっていた。それだけそれが
重要なものなのかもしれない。どう動きべきだろう、しかし悩んでいる暇もない。
「あらあら、飽きちゃったから来ちゃったわよレイチェルちゃん?」
女性だった。黒いヴェールで顔を隠した花嫁衣裳の女は馴れ馴れしくレイチェルの
名前を口にした。そこに引っかかったのはレイチェルだった。花嫁は紅姫の
アルビダと名乗った。
「妬ましいわ、妬ましいったらありゃしない。何故あなたが守られてばかりなの
かしらぁ?可笑しいわねぇ、そもそも王選に参加することすら出来ない身分のはず
なのにねぇ」
どうやら詳しく知っている口ぶりだ。レイチェルの眼には彼女の顔が見える。
「貴女は…キャサリン・オットーでしょ。まさか、王にもなろうって人が犯罪者に
成り下がったの?」
「馴れ馴れしく声を掛けないで!」
ヴェールを脱ぎ捨てた女は血走った目をレイチェルに向ける。レイチェルもまた
彼女を睨む。プライドが高いゆえに自身よりも地位の低い彼女が自分と同じ
地位を持つことが許せない。
「ねぇ、あの石は魔獣を呼び寄せるのよ。どうなっちゃうのかしらね?貴方のせいで
この町はどうなっちゃうのかしらぁ~?」
悪女が笑みを浮かべレイチェルを見下す。怒りを募らせるレグルスやリアたちを
レイチェルは落ち着かせた。
「どうにでもなる。だってヒントは貴女が出してくれたから」
レイチェルは手を叩いた。
階段を駆け上がり、屋上から下を見下ろす。確かに信者だけでなく魔獣も
群れていた。
「ベディヴィア、頼みたいことがある」
レイチェルが手元に見せたのは槍、それはロンゴミニアトと呼ばれる槍だ。
ベディヴィアはそれを握る。目の前には巨大な宝石が佇んでおり、今も尚
眩い光を放っていた。騎士団随一の槍の名手であるベディヴィアに投げて欲しいと
レイチェルはもう一度頼み込んだ。
「…分かりました。お任せくださいレイチェル様」
下の方が騒がしい。レグルスたちが魔獣相手に奮戦しているのだろう。その中には
ハーヴェストの人間も含まれる。それにキャサリンも。
否、彼女はどさくさに紛れて上までやってきた。
「ベディヴィア!!投げて!!!」
ベディヴィアが槍を投げた。同時にレイチェルに向けてキャサリンは発砲した。
宝石が砕ける音と発砲音、レイチェルの呻き声が同時に聞こえた。彼女の視界は
真っ黒になってしまった。そのざまを見てキャサリンはとても嬉しそうな顔をして
高らかに笑った。
「なんて素晴らしいの!!貴方の自慢の眼も、これで消えちゃったわねぇ!!」
命には別条がない。普通なら余裕はないのだが彼女は口を開いた。
「やっぱり…そうしないと私には勝てないんだね」
レイチェルは両目を伏せたまま笑った。
「こうして卑怯な手を使わなければ私に越されちゃう。だからでしょう?」
「うるさいわね!!!」
「私はただ、真っ向勝負をしているだけ。勿論、地位は無い。貴女みたいに
安いプライドを掲げている人ほど愚かな人はいない!」
「黙れぇぇぇぇぇェェェェェェ!!!!」
キャサリンが咆え、銃を発砲。する前に拳銃が手から滑り落ちた。そして自慢の
銃も人間によって踏み潰された。今までに見たことが無いだろう。ここまで恐ろしい
殺気を持つ人間を、上級の貴族に生まれた人間が見たことがあるわけがない。
「―何をした」
たった一言、冷たく低い声はキャサリンを怖がらせるのには十分だ。
誰よりも怒り、誰よりもキャサリンを殺したいと願ったのは彼だろう。
「大丈夫ですよリア。彼女はハーヴェスト、ハーヴェストは即刻死刑と決められて
いる。良かったですねキャサリン様、貴方に相応しい死に方だと思いませんか?」
ベディヴィアも丁寧な口調で言った。その声色には確かに怒りも混じっていた。
今は盲目となってしまったレイチェルにも二人の怒りが分かる。
赤いプリンセスの首は処刑場で刎ねられることになった。
「俺たちも役に立てなくて御免な、レイチェル様」
「良いの良いの。私が悪いんだからさ。それに今は頼れる人が何人もいるから
気にしないよ」
両目には包帯が巻かれていた。痛々しい顔を見てレグルスは顔を強張らせた。
あの綺麗な目が今は――。
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