第二章「竜と契約を結んだ国」
第8話「水上都市マーレ」
屋敷にアイビスと共に戻ってきたレイチェルたちを出迎えてくれたのは
小さなメイドだった。近くの村で生活しているメルディ・カンタベリーだ。
「お、お帰りなさいませ!レイチェル様!」
慣れない言葉遣いで緊張している小さなメイドはスカートを摘まんで
頭を下げた。
「メルディちゃん!」
レイチェルとメルディが抱き合った。メルディはリアたちの方を見て
会釈をした。
屋敷の中に入り、全員が集合する。アイシャにメルディが頼み込み、承諾した
らしい。仕事に不慣れな彼女の先輩となるのはリアだ。
「良かったねメルディちゃん。リアと一緒に仕事することが出来て」
「うん!…じゃなくて、はい!」
慌ててメルディは言い直した。
「それと君、アイビスと言ったね。もしかしなくてもリアの双子かな」
「えぇ。そうですよ。リアの、双子の弟です」
「弟!?アイビスが兄だと思ってたんだけど!!」
レイチェルが声を上げた。その話は置いておいて、アイシャは彼の右肩にある
印を上塗りする。リアと同じ印で上書きしてしまえば問題ない。
入れ墨同様に何をしても消すことは出来ない。
ハルモニア王国の領土は広い。より多くの人に自分の存在をアピールすることは
大切だ。そう説いたアイシャは地図に印をつけた。
「ここは水上都市マーレ、因みにレイチェルの母はこの町で父と出会い
結婚した」
母の名をエレノア、父の名をザックという。二人は偶然にも水上都市マーレで
出会い一目惚れ、結婚にまで至っている。
翌日、その町に出かけることになった。アイシャはレイチェルに
ネックレスを手渡した。
「エレノアも身に着けていた、彼女の形見だ。君が身に着けるのに相応しい」
「形見…」
アイシャの言葉に引っかかったが今は気にしない。馬車での移動で揺られて
どのくらい経っただろう。水上都市マーレに到着した。ベディヴィア、リア、
レイチェルの3人は辺りを見回した。
「流石水上都市、綺麗な街ですね」
「だねぇ!うちのほうは山だから海とか見えなかったし」
特に目を輝かせていたのはレイチェルだった。
「では街を先に回ってみましょうか。他の人たちに知ってもらうために
ここに来たのですから。マーレに住む人々と交流を図ることは大切な事だと
思いますよ」
「うん」
早速、街を見まわることにした。街探索だ。基本は王都に似ているが街を取り囲む
ように大きな壁があり、門がある。それは水門と呼ばれる。魚類や貝類を売っている
店が多いようにも感じた。やはり水源である海が近くにあるからだろう。
街の人々は明るく、余所の人間であるレイチェルたちにも色々声を掛けてくる。
「どこから来たの」とか「何処かで見たことある顔だね」など様々。
後者に関しては恐らく、その人は王都に行ったことがあるのだろう。
目線を横に向けると重々しい荷物を背負って一生懸命階段を上る老婆を見つけ
レイチェルは声を掛けた。
「おばあちゃん、大丈夫?荷物、持とうか?」
「良いのかい?悪いねぇ」
小柄な老婆が背負っていた荷物をレイチェルは抱えた。思いのほか、重たい。
「待って…こんな重いのよく、持ってたね…おばあちゃん」
「そうかえ?おや、アンタそのネックレス…!」
細くなっていた目が大きく見開かれた。
話の空気を読んだリアがレイチェルの抱えていた荷物を代わりに抱える。
皺だらけの細い手でレイチェルが首からかけていたネックレスに手を伸ばし何か
思いに耽っていた。
「懐かしいねぇ…昔に同じネックレスをしていた人がここにいたっけ」
「同じネックレス?」
「そうさ。綺麗だったから覚えているとも」
自分がその人の娘だとは言わなかった。限られた人だけが知っているのではなく
広く浅く、エレノアの存在は知られているように思える。
「ありがとうね、荷物を運んでくれて」
「いえいえ。じゃあ私たちはこれで」
レイチェルは老婆に手を振った。老婆も骨と皮だけの手を小さく振っていた。
名前は名乗らなかった。自分が次期王候補者だと言うことも無かった。
「あー!オイ、君だよ君!」
階段の踊り場から下を見下ろすとレイチェルと同じぐらいの年齢の少年が
上を見上げていた。レイチェルが自分の事を指さすと彼は頷いた。
「ちょっと、待ってて」
そう言った後、少し急ぎ足で階段を降りる。改めて対面して彼の顔が曇った。
レイチェルは首を傾げているがベディヴィアとリアは苦笑いをしていた。
「嘘だろぉ…俺、同じ年の女の子よりも小さいのかよぉ…」
「あ、あー身長の事…か…」
レイチェルよりも数センチ背が低い。レイチェルは170㎝、女子としては背が高い。
彼女を呼んだ少年は167㎝、低い。同い年の18歳なのに男子である自分が低いことを
気にしているようだ。
「あー…それでどうして私を呼んだのかな?」
話を無理矢理本題に戻した。彼はレグルス・イリューギスと名乗った。
「まさか、覚えてないのか?」
「え!?あー…えー…?」
「俺と一緒に遊んだだろ」
レイチェルは少し悩む。頭を抱えて、記憶をどうにか呼び覚ます。そしてハッと顔を
上げた。確かに、遊んでいた。たった一回だけだが。
そうか、彼はしっかり覚えていたのか。
「そういえばさ、次期王候補になったって本当か?」
どうやら薄々その話は広まっていたらしい。
日が傾きかけた頃、ベディヴィアが腕を伸ばし何かを掴んだ。気付いて
いなかったのはれいちぇるだけだったようで投げられたのは槍だった。片手で掴んだ
槍を投げられた方向に投げ返す。
その方向に立つ集団を見て全員が目を見開いた。
「…ハーヴェスト!!?」
黒服の集団は何処かへ逃げていった。深追いは厳禁、次に何か向こうから仕掛けて
来た時に迎え撃つことにしようとレイチェルは言った。彼らだけで動くとは
思えない。つまりそれは―。
「幹部級の人間も必ずいる、って事か…そしたら少し荒れそうだな」
「荒れるって…」
「どっかで泊るんだろ。だったら来いよ、俺よりも詳しい人に話を聞いた方が
良いだろうし」
レグルスが今、住んでいるというのはとても神聖な場所だった。竜がかつて
大きな戦いで人間を守り負傷した際に休んだ場所とされている。今では竜聖堂と
呼ばれている。
「アァ?なんだ、コイツ?オイ、レグルス。誰だよ」
「レイチェルだよ。覚えてるだろ?レイチェル・フローラ、エレノアさんの子ども」
口の悪い男はレグルスの言葉を聞いて適当に頷いた。残念なことにレイチェルは
言動が悪いこの男についてほとんど覚えていない。それを察しているレグルスは
レイチェルにしっかり紹介する。
「彼はアルファルド、ここってさ竜聖堂って名付けられてるけど元々は孤児院
だったんだよ。途中で国の調べで重要な場所だって分かってから変わったけど…
アルファルドはずっとここにいたしレイチェルの母さんエレノアは義母みたいな
もんさ」
「天涯孤独だったって事…?」
「違う。戦争孤児だ」
アルファルドは否定し訂正した。アルファルド名前はエレノアが付けたと
彼は語った。でもなぜ名付けを?そう聞くと彼はどうやら名前も付けてもらえずに
戦争で両親を失っていたらしい。きっと今も昔も彼にとってエレノアは親も同然
だったに違いない、レイチェルの哀愁の眼を見てアルファルドは舌打ちする。
「別に。あの人が死んだからって地団駄踏むほど心は狭くねえよ」
「そう…あ、思えば私。自分の母親の事ってあまり知らないかも」
「はぁ?自分の親だろ?」
「そうだけども…」
いつの間にレイチェルたちは座らされて、一緒に食事をするまでに至っていた。
その食事の場で話はされた。
エレノア・フローラ、彼女は孤児院で働く修道女だったようだ。ここにいる
ほとんどがエレノアと関わりを持っているという。彼女は彼らが大きくなって
から恋人が出来た。それと同時に孤児院はこの場所を移動した。その際、どうやら
意味深な言葉をレグルスたちに伝えていたようだ。
「良いですか。きっと皆、戦う術に目覚めるでしょう。そして必ず、今
私のお腹の中にいる子と出会います。一回目はまだしも、二回目は…分かりますね?
私の代わりに、頼みましたよ」
その二回目が今の事だということは全員がすぐに理解できる。
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