第7話「赤と青の双子」


治安の悪い場所が存在する。

集まるのは盗賊など。そして貴族までもここにやってくる。

金持ちが取り囲むのは八角形の闘技場。それはオクタゴンと呼ばれるタイプの

リングだ。行われるのは地下、人に知られずに戦いが行われる。

観客たちからは怒声や歓声、様々な声が上がっていた。特に今回は

歓声が多い。筋骨隆々、巨体の男に対して相手となる青年はそれこそ

鍛えられているが細身。どんな人間も勝敗が丸わかりだ。前者が勝つに

決まっている。だがここの常連客はそう考えていない。

地下営業グループ「天逆鉾アマノサカホコ」が開催するこの

大会、無敗の王である。

巨体な男もまた体を震わせていた。


「どうした?ビビっちまったか?」

「う、うるせぇ!!お前みたいな脆い奴を殺すのは、簡単だ」


虚勢を張り、男は叫んだ。青年は構えていない、だが攻撃をすることが

出来ない。動いたら死ぬ、そう思ってしまうのだ。大きく咆えながら

巨漢は腕を振り上げた。その腕が途中で止まった。止められた。

頭上に振り下ろされる前に、細い腕にだ。丸太を支える細い木の枝など

あるものか。


「あれ?可笑しいな。確かアンタ、力自慢だろ。今日は調子が悪いのか。

だったら悪かったな」

「な、にを…何をふざけた事をっ!!!」


気付いたら仰向けに倒れていた。何をされた?痛みは無い、否…遅れて全身を

駆け巡った。青年は男を見下ろしていた。だがすぐに顔を上げ腕を上げた。



少数精鋭で動く騎士団、率いるのは剣聖エレオノール。

だが彼らは少しざわついている。剣聖がいるから?それが理由ではない。

剣聖の隣に座っていたのはレイチェル・フローラだ。そして彼女に同行

しているのは従者のリアだ。


「ベディヴィアが来ないなんて、何かあったのか」

「私が彼に無理を言って頼んだんですよ。地下、そして天逆鉾という単語を

聞きまして」


リアは表情を崩さない。誰かがいる、そこにいる誰かに会うために彼は

ベディヴィアに頼み込み同行してきた。そしてレイチェルはというと


「え?奴隷崩れの人も多いって言ってたから助けられないかなって。小さい村が

多いからそこで働いてくれる人とかも欲しいなって思ったの」


二人の言葉を聞きエレオノールは苦笑いした。かなり肝の座った人物が多い。

レイチェルを含め、そういう人間が多いのがレイチェル陣営だ。

白銀の髪、今日は青いリボンで一つにまとめられていた。


「リア、君は彼女が生まれた時からフローラ家に仕えていたのかい?」


エレオノールの質問にリアは少しだけ反応した。目を細め、彼は剣聖を

睨む。そんなことを聞くな、そう言っているようだ。エレオノールが珍しく

冷や汗を流していた。そしてますます彼の事が分からなくなった。ただの

執事がここまでの殺気を出すことが出来るのか?

馬車が止まり、全員が馬車を降りた。


「本当に、大丈夫ですかレイチェル様」

「大丈夫。危なくなったら逃げる努力はするよ」


本当に大丈夫か?という気持ちを振り払い、騎士団は地下に乗り込んだ。

少し様子を見てから行動を起こす。地下に来て、人混みを掻き分け

前に行くとそこでは二人の男が殴り合っていた。否、その表現は

間違いだ。一方的に殴られていたのは如何にも強そうな

巨漢だった。巨体は金網に寄っかかった後、床に倒れた。

リアは返り血を浴びている赤髪の青年をジッと見つめていた。

彼もリアを見つけて目を丸くしていた。


「アイビス」

「久しぶりだな、リア」


試合は青年の圧勝で終わり、着替えて来た青年が声を掛けて来た。リアとアイビスと

呼ばれた青年は顔も体型もそっくりだ。二人は正真正銘の双子。

そして揃って奴隷だ。リアは左肩に印がある。だがそれはアイシャによって

別の印を描かれて隠されている。アイビスは右肩にある。


「ねぇ、ここを運営しているのってやっぱり盗賊とかをやってた人たちなの?」


レイチェルが質問をした。包み隠さずに直球な質問をしてきた彼女に

アイビスは驚いた。


「君は素直だな。君の言った通り、ここを運営してるのは犯罪者だけだ」

「そういえば周りの奴らが王だかキングだか言ってたな。負けなしか」

「まぁな」


ここから少し離れた客席で事態が動いた。騎士たちは纏っていたボロボロのマントを

脱ぎ捨て、ここを検挙すると高らかに叫んだ。


「アイビス、手を貸せ」

「強引だな、お前は」


人混みに紛れて逃げようとする悪人を見つけ、彼らを倒して行く。レイチェルは

辺りに目を向ける。やはり全く別の方向に向かう人物がいる。あらかた、観客は

外へ逃がした。エレオノールはレイチェルのもとに来た。


「向こうに逃げていく人を見た。多分、別の場所に逃げるつもりだと思う」

「流石ですねレイチェル様。貴女の眼を信じて、追うとしましょう」


4人はレイチェルが指さした方向に向かう。そこに何があるのかアイビスも

分からないという。その場所では確かに待ち構えていた。


「…やられた。空間と空間を分けられた!」


レイチェルは不可視の壁に手を置いた。阻まれている。出入りが出来なく

なってしまった。少ししてレイチェルが咳き込み始めた。人体に何か影響を

及ぼすような何かが辺りに充満していた。


「毒か。二人は大丈夫なのかい?」


エレオノールは口と鼻を袖で塞ぎながら聞いた。


「あぁ、気にしなくていい。俺たちは毒に強いんでな。こっちの心配より

お姫様のほうを心配した方が良い」


アイビスの言葉に3人が同意する。リアは自身の持っていたハンカチでレイチェルの

鼻と口を覆う。まだどうにか意識は保っているようだ。だが足元が覚束ない。


「君は色々なものが視えると聞いたことがある。何か見えないか?結界の弱点の

ようなもの」


リアに背負われたレイチェルは視線を下に落とした。床との境目に何かが

あるようだ。リアは彼女を背負い直し、手探りで壁を探し爪先を動かす。

レイチェルが頷いたところで足を止めた。


「この辺ですか」


場所をしっかり確認してから足を後ろに上げ、一気に落として蹴る。

トーキックだ。リアたちにも亀裂が走るのが見えた。


「先にここから出ましょう」


4人は地下を出る。ここを運営していた多くの人間は確保できたがたった一人、

取り逃がしてしまったとの報告が入った。


「さて、君はこれからどうする?アイビス君」


エレオノールはアイビスのほうを見た。行き場所は無いと言った。

ならばとレイチェルは話に割って入った。


「だったらうちに来ない?勿論従者として」

「か、かなり思い切ってますね…レイチェル様」


思い切った提案をするレイチェルには驚かされてばかりだ。リアはアイビスを見た。

提案はするが決めるのはアイビス本人だ。彼は少し戸惑った様子だ。


「俺で、大丈夫だろうか…」

「大丈夫だって!リアに教えてもらえばオールオーケーだよ!」


レイチェルは親指を立てて見せる。リアも頷いた。自信満々の笑みだ。


「まぁでも、ある程度やり方は分かってるだろ。しごかれてたし」

「え、しごかれるって…」

「俺たちは奴隷だ。ある程度の家事などのやり方も覚えさせられる。俺と

リアは戦闘奴隷として売られたから、専門的にやってたわけでは無いが」


奴隷にも用途によっていくつか振り分けられるらしい。リアたちが戦闘のための

奴隷だったというのも頷けるように思えた。


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