第6話「償うための契約」

300年前、まだまだ戦が続いていた戦乱の世の中でエスメラルダという男は

育った。父は騎士の人間で、母はそんな彼を支える心優しい女性であった。

両親から愛されて育ったエスメラルダも剣を握り始めた。

父から剣を教わり、大きくなるにつれて実力もついてきた。

エスメラルダは騎士団に入団し、守るために剣を振るうことを決意した。

今ではもう青年だった。

戦い続ける彼の耳に母の死が告げられた。顔には白い布が被さっていた。


「すまない…エスメラルダ。申し訳ない、不甲斐ない父で…」


父が何度も謝り、エスメラルダは茫然と立ち尽くしていた。

人間は死を恐れ悲しむ。それは当然の事だ。死んでしまった人間には会えない。

人間が元より知っていること。エスメラルダの眼から涙が出ることが無かった。

それが不思議でエスメラルダも信じられなかった。

何故?何故?

一週間後に大きな戦いがあった。異国との戦いだ。その最中に父の死が

告げられた。せめて、この戦いが終わってからが良かった。戦いに勝ったと

報告してから、父親を安心させたかった。その無念はエスメラルダの中に

眠る力を目覚めさせるのに十分だった。


「自分以外の騎士の自害…貴様は死神だ。そんな奴、ここにはいらない」


そう告げられた。死神、そうか…そうだったのか?

ある人間達が言った。


―お前のせいで母が死んだ。

―お前のせいで父が死んだ。

―お前のせいで大切な騎士たちが死んだ。


関わったら殺される、そう言われ続けて来た。エスメラルダの心には穴が

空いていた。塞がらない大きな穴だ。

そこから彼は足を踏み外した。


―ここならばお前の力を存分に発揮できる。

―鬱憤を晴らせるぞ。

―お前のような人間を必要としていたのだから。


流れ着いた異端宗教ハーヴェストを居場所と考え、何人も殺した。

ハーヴェストで、人間を殺すことになった。小さな家に住む老婆だった。

名前をレイラ・フローラと言っていた。彼女は死を恐れていなかった。


「何か、遺言でもあるか。誰かに伝えることは出来ないが」

「…貴方にね。300年後、貴方は罪滅ぼしが出来るからね。今は時の流れに

身を任せなさい。今は苦しいでしょう、いつか貴方に素晴らしい居場所が出来る事を

祈っているわ」


その時は気にも留めていなかった。だが300年後の今になって、その意味が

分かった。その居場所がここか、と。

なりたくてなったわけでは無い。彼が犯罪に身を堕としてしまった原因は

紛れもない人間達であった。彼は死神として生きながらえることになってしまって

いた。


「…これで、満足したかな」


エスメラルダの問いかけにレイチェルは頷いた。


「だが…騎士団に彼をおくことは出来ないな。仮に反省していても犯罪者だ」


正論だった。そんな人間を人々を守るための騎士団に入れることが出来るわけが

無い。彼には隠者生活をしてもらうしかないだろう。


「だったら私から提案を良いかな」


アイシャとリア、二人が姿を現した。


「君、しっかり反省しているのなら行動で見せると良い。ヴァン」


ヴァンは小さく頷いた。彼がマントを脱いだ。首筋には赤色の紋章があった。

魔法刻印。特殊なインクで描かれた小さな魔方陣だ。


「私は君の過去にとやかく言う事はしない。来ると良い、本当に君が

反省し、これから本当に償いたいと思っているのなら私から君にプレゼントを

しよう」


アイシャによって刻まれた魔法陣。それは彼とアイシャの間に結ばれた

契約。


1、汝、悪人以外を殺すべからず。


その他諸々。契約が結ばれている。


「契約は結んだ。君は隠れて行動しなければならない。ヴァン、彼の事は頼んだよ」

「はい、アイシャ様」



一先ず、今回の事件は解決した。

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