第4話「翠玉の犯罪者」

「連絡が取れない!?」


一夜明けた頃、レイチェルが驚いていた。ベディヴィアの顔には暗雲が立ち

込めている様子だった。


「アイシャ様にこれから帰ることをご報告しようとしたのですが、取れないのです」

「アイシャが…無視するとは思えないし、何かあったのかもしれない」


レイチェルもまた不安そうな顔をした。一先ず、アイシャたちが留守番をしている

屋敷を目指す。アイシャだけでなくリアも屋敷にいる。ある程度の事は解決できると

思う。が、彼らが歩みを進める前に一人の男が伝達をしに来た。緑色のマント、

目深に被ったフードの下から赤い眼が見えた。彼はアイシャに仕えている

ダンピールであるヴァンだ。ヴァンは今の屋敷の様子を伝えた。

現在、屋敷は完全に外と中で分けられ連絡を取り合うことは不可能らしい。

そこまでしている理由は襲撃。

ここで暮らしている者ならば必ず聞いたことがある集団だ。

―異端宗教団体「ハーヴェスト」


「ハーヴェスト?」

「国では有名な宗教団体ですよ。だけど彼らは過激な行動を取ることが多い。

中でも幹部、司教クラスが恐れられています。下っ端でもそれなりの強さがある」


過激派組織ということだ。だが何故彼らは屋敷を襲撃したのか、それが分からない。

それについてはヴァンが説明する。


「レイチェル様を探していたようです。アイシャ様曰く、貴方の眼を欲している

とか…まぁ彼女自身の推測ですが」

「だけど、否定は出来ませんね」


ベディヴィアが返した。暫くは連絡が取れない。完全に分断された。そして今、

二つの選択肢がある。このまま王都で待機するか、王都を出てアイシャたちの

救出に向かうか。


「…他の人の手を借りよう。と言っても確かエレオノールは今、仕事でここに

居ないんだっけ?」

「はい。ですがユーフェミアはいると思いますよ。彼に手を借りるのもいいかも

知れませんね」


というベディヴィアの提案を受けて、彼がいるであろう場所に足を運ぶ。

ユーフェミアが仕えているのは大商人サラ・フォードだ。店にやってきたのは

レイチェルとベディヴィアとヴァンの3人。彼らを見たサラとユーフェミアは

表情を崩さない。


「レイチェル、だっけ。どうしたのかな?」

「少し手を貸してほしいことがある」


レイチェルは素直にそう言った。嘘を吐く必要は無いだろう。


「手を?どうして?」

「あまり大きな声では言えないけど…」


ヴァンから聞いた話をそのまま二人に説明する。彼らの表情はコロコロと

変化する。ハーヴェスト、そして司教。二つの単語に大きく反応を見せたのが

分かった。


「…だけどねぇ…それは貴女だけの「私だけが得をするとは限りませんよ。私と

貴女が共同で敵である異端宗教ハーヴェストの司教を倒したとなればどちらも

win-winだと思いますよ」


レイチェルの鋭い言葉でサラは考えを改める。確かに、それはいいかもしれない。

この少女、年齢に問わず冷静で大人びている。


「よぉし、分かった。協力するよ」

「え!?いいの!?」


サラは頷いた。彼女が承諾するのなら自分も喜んで手を貸そう、ユーフェミアも

参戦する。ある程度の戦力は揃っている。屋敷での戦闘になるかもしれない。

それは覚悟しなければいけない事だった。

馬車を走らせ、屋敷へ急ぐ。その道中、必ず何者かが襲ってくるに違いない。

そのためヴァンが先回りし、ある程度敵を倒して行くことになった。

黒い服に身を包んだ信者たちの前に一人の男が現れた。緑色のマントを纏った

青年に向けて一斉にナイフが投げられた。全方位を囲まれているのだが彼は

何も慌てていない。細剣を抜き、一回転。全てのナイフが地面に落ちた。


「不気味か?俺から見たらアンタらのほうが不気味なんだがな」


刃も柄も、暗い赤色の細剣を握っている右手からは血が流れていた。

血を使って作られた剣、否、彼自身の血でコーティングされている。それに

彼は人間と吸血鬼のハーフのため存在自体が変わっている。

ヴァンがフードを脱いだ。見えたのは赤い双眸。彼が笑うと鋭い八重歯が

見えた。吸血鬼に最も近い容姿を持つ男が地面を踏み締めると赤い

網が地面から上へ持ち上がった。血を浴びながらも彼は平然と、普通に、

何も無いように歩いていく。

馬車の窓を開けると血生臭い臭いが入ってきて主にレイチェルとサラが

顔をしかめたのは言うまでも無かった。


見えたのは屋敷、やはり相手は司教か。司教と対峙しているのは?



「レイチェル様、屋敷に着きましたよ」

「え!」


ボーっとしている間に屋敷に到着した。確かに、何処か異常な程に静かだ。

普段通りの屋敷のはずなのにいつもとは違う屋敷に見えた。

レイチェルが扉を開けた。目前に飛んできたナイフをユーフェミアの剣が

弾いた。


「手荒な挨拶だな。ナイフを投げろという文化は無いと思うが」


黒い服を着た信者たちは何も言わない。ただナイフを構えるだけ。淡々と、

黙々とナイフを構えていた。レイチェルとサラの前には二人の騎士が並んで立って

いた。国の三大戦力のうち二つが揃っているにも関わらず彼らはナイフを手に

戦いを挑む。確かに数の利は向こうにあるが、こちらの方が有利である。


「舐められているみたいだな」

「やっぱりか。まぁそれはこっちも、だろ?」


ベディヴィアの言葉にユーフェミアは鼻で笑って返した。彼の剣は綺麗に、

そして素早く振るわれる。努力によって手に入れた剣技だ。一方、ベディヴィアの

戦い方は隻腕で、中性的な容姿からは想像が出来ないほど荒々しい戦い方だ。

彼らがゆっくり後ろに離れていくことで屋敷内に侵入していた信者たちが全員

外に出ていく。彼らにはレイチェルもついてきているので彼女に釣られているの

かもしれないが。

そうやってユーフェミアやベディヴィア達も仮説を立てていた。


「困るぜェ、国内の最高戦力が二つも揃っちまうなんてさ」


フードを目深に被った男は屋根の上から飛び降りた。彼は大きく深呼吸した。

荒かった呼吸がすぐに整った。誰かと戦った後か…。


「アンタの思ってる通りさ、レイチェル」

「ッ!?」


レイチェルはびっくりした。


「俺は戦った後、アイツは異常だな。常人じゃねえよ」

「…リアと、戦ったの?」

「ほぅ、リアっていうのかさっきの奴は」


真っ先に動いたユーフェミアは男に斬りかかった。振り下ろされた剣に対し、

男は大鎌でその刃を絡めとった。大鎌を手にした男の姿は死神とも見紛うほどだ。

彼は自分をハーヴェスト司教の一人、碧雷のエスメラルダと名乗った。


「少しばかり面倒くさいな…」

「降参しても良いんだぞ」

「それは俺のプライドが許さないな。それに―」


エスメラルダは一瞬でユーフェミアの目前にまで来た。縮地、地面を蹴り体軸を

倒して移動する方法だ。


「一度ぐらい戦って情報を集めておかないとな」


ユーフェミアの首を狩るために大鎌が振るわれていた。二人の眼前を槍が

通り抜け大木を貫いた。二対一だということを忘れてはいけない。エスメラルダを

挟むように二人の騎士が立っていた。重々しい槍をベディヴィアは引き抜いた。

その剛腕にエスメラルダも苦笑いをした。


「結構重量のある武器だと思うんだが…さっきの執事と言い力自慢が多いな。

さっきから見た目に騙されてばっかりな気がするんだが」

「それは俺たちを甘く見ていた、ということか?」

「そう聞こえたか」


3人が同時に動いた。その速度は異常、サラは目に追えない。レイチェルは

集中すれば動きが分かる。やはり常人よりも優れた動体視力か何かを彼女は

持っているという事が分かる。

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