第3話「白銀の決意表明」

たった一体の魔獣と言っても大きさが大きさだ。そして凶暴。牙を向きだし、

リアを獲物として見ているのだ。きっと彼を殺して食べてしまおう、とでも

思っているのだ。本当に殺されるのが自分とも知らずに…。

魔獣が大きな爪を振り上げ、リアが地面を踏みしめる。真上に向けて

拳を放ち、巨大な鉤爪を弾いた。辺りは木々に囲まれている。リアはその地形を

利用し魔獣を屋敷から遠ざけて動き回る。


「凄いな、ああやって動けるのは―「そう、身軽に動き回れるのは地形を

理解しているからだ」」


エレオノールの言葉を遮って彼が言いたかったことをアイシャが言った。

時折、人の言葉を遮ってしまうところがあるのがアイシャだ。

木から木へ、木から地面へ、軽々と跳躍し魔獣を翻弄する。再び

振り下ろされた爪が地面に叩きつけられ、それを踏み台にしてリアは跳躍し、

踵を振り下ろした。剛腕ならぬ剛脚に魔獣の体の底、神経、全てが揺らされ

泡を吹く。

戻ってきたリアは何事も無かったかのように振るまっている。従者として

だけでなく戦闘までも出来る。少し、このまま従者にさせておくのは

勿体なくも感じる。


「ちなみに、彼の専門は徒手空拳だがある程度武器の扱いにも慣れている」

「そんなこと、言わなくても良いのですよ。剣のプロフェッショナルである

騎士に自慢できるほどの腕は私にはありませんから」

「それが嘘でないことを祈ってるよ。ではレイチェル様、また開会式で」


二人の騎士を見送った。約1ヶ月後、王選抜開会式が行われる。正式に候補者を

紹介し、決意表明をする。


「結局、騎士はどうするべきなのかな」

「二人一緒に、はダメなの?」

「どうだろうね。分からないよ、それはこちらで判断は出来ないだろう。

ゆっくり待って居よう」


その話は王宮にて進められていた。議員たちによって話し合いが進められていた。

二人、それもどちらも国の主戦力となる騎士が同じ人間を発見した。

ではどちらがレイチェル・フローラの騎士として王選抜の参加を認めるべきか。


「何者だ、貴様」「勝手に入られては困るぞよ」


頭の固い中年の男たちが口々に言う。投げられた言葉を受けながら

暗い緑色のマントを身に着けた男は悠々と歩いてくる。

緑に相対する赤い眼を持つ男は魔術師アイシャの使いだと言った。


「コイツ…ダンピールだぞ…!!」

「そうですよ。ダンピール、ヴァンと申します。ご心配はいりませんよ、吸血行為は

するつもりはない、吸血鬼を殺すための存在ですから」


ヴァンと名乗った男は壇上に上がって目を上げた。彼は自身の種族に誇りを

持っている。いや、それよりも今は―。


「ベディヴィア・ビアンコを正式なレイチェル・フローラ様の騎士として、任命し

エレオノール・グラン・フェルナンデスを完全なフリーにしたらどうか、ということです」

「それがアイシャ・クリムゾンシエールの考えかね?」


老年の男の言葉にヴァンは大きく頷いた。嘘では無いと、そういう反応だ。

彼の言葉を信用し、ベディヴィアをレイチェル・フローラの騎士として

彼らは認めた。


「悪いね、君に仕事を頼んで」

「本当にそう思ってるのか疑問だけど良いさ。俺としてもレイチェル様が好きだから

勝ってほしいし、彼女の喜んだ顔が見たい」


ヴァンはフードを目深にかぶって顔を隠してしまった。やはり人の眼は

気になってしまうようだ。アイシャの家もそれなりにお金のある家、ヴァンは

クリムゾンシエール家に仕えていた存在だ。が、少なくともアイシャの2倍以上は

生きている。ヴァンパイアと人間の混血の特徴の一つだ。


「俺はまた出かけてきます」

「あぁ、今回は助かったよ」



何日か経ち、開会式当日。アイシャの用意した淡い水色のドレスを身に着けた

レイチェルは少し顔を赤面させていた。鏡の前に座り、長い銀髪はリアによって

纏められる。手際よく、スピーディーに、しかし崩れにくい。


「お似合いですよ、レイチェル様」

「ありがとう、リア…」


リアに感謝を告げた後もレイチェルは浮かない顔をしていた。


「緊張する必要などありません。自分がしたいことを言えばいいだけですから。

私やアイシャ様は一緒に行くことが出来ませんが、貴方にはベディヴィアさんが

いるのです」

「そ、そうだよね…ありがとうね、リア」


リアに手を引かれてレイチェルは屋敷の外に用意された馬車に乗り込む。

遅れてベディヴィアも乗り込み向かい合うように座った。近衛騎士団に所属する

騎士が纏うマントは体を隠す。そうすれば虚空の左腕も誰の眼にも入らない。


「ベディヴィアは生まれつき隻腕だったの?」


レイチェルは少し控えめに、しかし素直な質問をベディヴィアにぶつけた。

彼はそんな質問に嫌な顔はしないが苦笑はした。


「いいえ、後天的ですよ。簡単に言ってしまえば、そうですね…弱かったから

腕を無くしてしまった、というところでしょうか」


左腕は二の腕の途中からバッサリと綺麗サッパリ斬り捨てられている。

その腕でも尚、彼は騎士として戦い続け最高戦力の一つとなっている。そう

隻腕、他と比べてハンデが大きいにも関わらずだ。片腕しか使えないということは

力が半分になると言ってもいい。剣術の基本は足腰だが振るうのは手だ。

彼がどれだけ過酷な鍛錬を積んだのか、それは計り知れない。気付けば

山道を抜けて人々で賑わう大きな都市にやってきた。そこが王都、目の前の

大きな門を潜れば巨大な城が目に入った。その中で開会式は行われるのだ。


「…しまった。少し遅れてしまったな」


ベディヴィアは懐中時計を見て項垂れる。


「大丈夫だって」


レイチェルは軽い返答をした。奥に進み、大広間の扉を隻腕の騎士が開いた。

それなりの重さがある扉だがベディヴィアは普通に開ける。当然のように

片腕で開いた。


「遅れて申し訳ございません」

「珍しいな、ベディヴィアが遅刻するなんて」


第一声を発したのはエレオノールだった。今回、他の騎士団員達を驚かせたのは

剣聖エレオノールの王選不参加だ。あくまで中立の立場で、とは言っているものの

自身はレイチェル・フローラを応援したいと彼は言っていたらしい。


「ベディヴィア、まさかお前ひとりで来たわけでは無いだろうな」


鋭い言葉を発した騎士はユーフェミア・グランツ。エレオノールを天才というのなら

ユーフェミアは秀才だ。努力のみで剣聖に最も近い強さを手に入れた。


「それが本当だったら俺はこんなに堂々と来るわけが無いだろう。彼女が

俺が、まぁエレオノールもいたが…俺が見つけた次期王候補者である

レイチェル・フローラ様です」


歩いてくる銀髪の少女は青いドレスを身に纏ってここに来た。背が高く、可愛いと

いうよりかは凛とした美しさを持つ大人びた少女は中央に立つ。


「では、レイチェル・フローラ。決意表明を」

「はい。私は亜人も私たち人間同様に平等に扱われる国にしたい。表では確かに

平等だ、既にそれは叶っているように見えるでしょう。だけどそれは表だけ、本当の

意味で他の種族が平等に扱われているわけでは無いのです」


自身の考えをしっかりと言葉にした。短くも力強い決意表明だ。

ここには王候補が計4人いるのだ。そのうちの一人が唯一、高位の一族ではない

一般の家庭に生まれた人間である。それも市民にとっては大きなポイントになる。

本当の意味で自分たちの生活を知っている人間なのだから。

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