第2話「気配を感じる」

夜に開かれる珍しい店。

そこから悲鳴が上がる。レイチェルは聞き逃さず店に飛び込む。

軽く斬られた女性がワナワナとしていた。


「大丈夫ですか!?しっかり!傷は浅いです、すぐに止血できます!」

「あり、ありがとう」

「みんな、一旦ここから出て!!急いで、離れるの!!!誰でもいいから助けを呼んで!」


数十人が動き出す。一人が助けを呼びに飛び出て行った。


「困るわ勝手に標的を逃がされては」


ククリナイフを操る真っ黒なドレスを着た女はシャルロットと名乗った。

彼女は裏稼業を営む女であり、殺人鬼。その女とレイチェルは対峙する。


「珍しい子、王族の子かしら?まぁ良いわ。どっちにしても憂さ晴らしには

丁度いい」

「私を殺しても1円にもならないと思うよ。あれだね、度々見かける“ご自由に

お持ちください”って書かれてる奴」


シャルロットは彼女の口から滑り出た聞きなれない言葉は気にせずナイフを

彼女に向ける。真っ白な肌に似合う薄い水色の髪はきっとナイフで切り落とすことが

出来てしまうだろう。

慣れない戦闘にレイチェルは押され気味。避けるのが精一杯だ。だがシャルロットは

彼女が自分の動きを見ながら避けていることに舌を巻いていた。常人では

きっとこうはいかない。


「貴女、目が良いのね…先に目を潰しておこうかしら」

「っとと!そう言いながらホントに目つぶしするのやめて!」


ナイフは水平に弧を描く。レイチェルの華奢な体は綺麗に反った。上をナイフが通り

彼女はシャルロットから距離を取る。レイチェルのほうが消耗が激しい。

すすり泣く声にレイチェルは目を丸くしていた。


「子ども…!?」

「隙アリ!」


シャルロットは子どもにすら容赦がない。レイチェルがとるべき行動は

ただ一つ。小さな体を押し倒し、自身の体を盾とする。子どもから見ればそう。

レイチェルは命懸けで誰かを守るヒーローに見えたかもしれない。

華奢なヒーローは子どもに向けて叫んだ。


「逃げて!外に出るの!」


小さな少女は蹴破られた扉から外に飛び出る。彼女がぶつかったのは二人の青年

だった。彼女の慌てぶりから彼らはすぐに何かが起こっていることを察する。


「分かった。教えてくれてありがとう、家は分かる?それなら自分の家に帰るんだ」

「うん!」


確かにレイチェルの眼にシャルロットのナイフの軌道は見えている。それに

追いつくのが大変なのだ。段々動きが鈍くなり始める。シャルロットは首を

狙う。だがすぐに身を引いた。天井を突き破り細い槍が雨のように降ってきた。

物理的な意味で空から槍が降ってきたのだ。


「殺人姫シャルロット・セミス、罪もない人々を殺すことは放っておけないな」

「嬉しいわ、私って貴方たちにも知られているのね。隻腕の騎士ベディヴィアに

剣聖エレオノール」

「お、お兄さん!!!」

「あ!さっきの―!」


小さな子どもがどうやら彼らを呼びに行ってくれていたらしい。彼女が声を上げる。


「ま、街に魔獣が…魔獣の群れが!!」

「魔獣だって!?ベディヴィア、君が行ってくれるか。僕がこっちを担当する」

「分かった。レイチェル様もこちらに」


ベディヴィアに引かれるとき、レイチェルは振り返った。


「エレオノール、気を付けてね」

「はい。お気遣い有難うございます」


エレオノールは近くに転がっていた剣を拾った。その剣を構え、シャルロットと対峙する。彼女は眉をひそめた。


「貴方、私を舐めているのかしら?腰にある剣は抜かないの?」

「抜くときでは無いと判断したんですよ」


シャルロットは常人では追えない速度で縦横無尽に辺りを飛び交う。だが

エレオノールは冷静に見極める。彼ら剣聖は魔法が上手く使えない。だが剣聖は

様々な加護を持っている。この世の空気にはマナと呼ばれる、所謂魔力が存在して

おり彼らはそれを吸って身体能力強化の為に体内で消化する。吸い取る量が多いため

本気を出した剣聖の周りで魔法を使うことが出来なくなる。そしてその剣は――


「な、にッ…!!?」


――一撃必殺の剣となる。



魔獣は確かに群れを成して街を突き進んできていた。ベディヴィアは左手に槍を

握る。それが彼の使う武器らしい。勿論、彼は剣も扱うことが出来る。


「お二人はここで待っていてください。すぐに終わらせて見せます」

「気を付けてね、ベディヴィア」


レイチェルの言葉にベディヴィアは頷き群れの中に飛び込む。遠くから見ていた

二人は開いた口が塞がらない。巨大な魔獣が一匹、血肉をまき散らしながら空を

飛んでいた。華奢な姿とは裏腹に中々荒々しい戦い方をするベディヴィアは

次々と魔物を薙ぎ払っていく。


「あれが…騎士なんだ…!」


その強さと優しさに触れた子供は目を輝かせていた。確かに強い、強くて優しい

理想の騎士。その戦いぶりをレイチェルはしっかりと目に焼き付けた。

隻腕でありながら彼は特殊な体質を持っているがために騎士として動くことが

出来ている。その特徴はレイチェルが、月足マナミが知っている通りだ。

彼の一突きは常人の九突きに匹敵する。

二人の騎士が勝利を掴んだのはほぼ同時であった。

二人とレイチェルは合流し、彼女が先刻の誘いについて返事を出した。


「「それじゃあ…ッ!!」」


二人が口を揃えていた。


「自分が騎士になります…かな?いっそのこと二人とも一緒に来ちゃえばいいのに」

「いいや、僕は遠慮しようかな」

「確かに…剣聖とか、チート級の人がいたら千人力だもんね…加護無限大とか、

チートを一体全体何兆倍にすれば気が済むんだろう…」


ブツブツと呟き始めたレイチェルに声を掛け、エレオノールは小さな疑問を

投げかけた。


「貴女は、貴方の眼には常人には見えない何かが見えているのですか?」

「――え?」


ベディヴィアが口を開いた。


「殺人姫シャルロット、戦闘能力は高い。常人では恐らく目に追える相手では無い。

貴女には見えていたのでしょう?太刀筋が」

「――」


レイチェルは言葉に困った。見えていたかどうかと聞かれれば確かに見えていた。

だが、それは異常だろうか?


「それについては私から説明しよう」


長い黒髪と赤いケープを揺らす女性は3人の前に立った。彼女は魔術師アイシャ。

レイチェルが住んでいる屋敷に共に生活している女魔術師だ。彼女の存在は

騎士であるベディヴィアとエレオノールも知っている。


「アイシャさん!」

「やぁ、ベディヴィアにエレオノール。今回はレイチェルがお世話になったね。

感謝するよ」


少し余談を挟んでから本題に入った。


「レイチェルは見ることに長けた人間さ。まぁ彼女が戦闘に慣れていないという

こともあってその力は専ら避けるために使っているが使い慣らせば君のような

天才児の太刀筋を見切ることが出来る」


エレオノールの剣は国一だ。敵なしの騎士、彼は実力だけでなく人柄も

素晴らしい。


「相手の動きを見て、コンマ何秒を先読みしカウンターを放つことが出来るという

ことか」

「あぁ。今日は帰らせてもらうよ。こちらの使用人がかなり心配していたからね」

「し、しまった!リアに何も言わず出かけてた!!」


レイチェルの顔から血の気が引いていく。


「そうだ、レイチェルを守ってもらった礼をしないといけないね」

「え?あ、いや、礼には及ばな―「まぁまぁ、来たまえ。夕食ぐらいは食べていくと良い」


エレオノールたちの謙遜を余所にアイシャは二人を半ば強制的に屋敷に

連れて帰ってきた。激怒するかと思いきやリアは意外と落ち着いていた。

いつもと変わらない穏やかな雰囲気を崩さない。


「さぁ、どうぞ。お召し上がりください」


フワフワのオムライスが全員の目の前に置かれた。リアも同じように席に着いた。

エレオノール、ベディヴィア、アイシャ、リア、レイチェルの5人は数十分後に

全員が食事を取り終えた。


「今日はありがとうございました、皆さん」

「いいえ。お気になさらず、いつでも来ていただいて構いませんから。ただし―」


リアの眼の色が変わる。彼の手はレイチェルの背後に真っ直ぐ突き付けられた。

アイシャは扉を開け、吹き飛ばされた何かは外に転がる。


「魔獣か。厄介だね、姿を消すことが出来るのか。流石はリアだね」


リアが魔獣と対峙する。

彼には勿論、魔獣の姿が見えていない。全く見えていないが何処にいるか

分かる。それは気配だ、それも殺すぞという殺気。


「殺気、ですか?」

「あぁ、君たちも戦闘の前線に出る騎士。それぐらいは感じ取れるだろう?

彼はそれに敏感だ、敵意、憎悪、殺気など気配に敏感なのだよ。リア曰く

悪い気配は黒く、良い気配は白く見えるらしい」


それにリアは常人を軽く超えた身体能力を持つ。


「エレオノール、君の一族は魔法が使えない代わりに魔力、マナを取り込み

身体能力を強化し続けているね。彼はそれを常時発動しているのと同じだ」


アイシャはリアについて話した。人間の骨を折る、それを軽々とやってのける

握力も持ち、優れた脚力、腕力等もある。身体能力のコントロールが追い付いて

いないため彼は少し気を抜くと物を破壊してしまう。

なんだか不自由に見えるがそこはリアだ。アイシャの一言で、コントロールする為に

努力に努力を重ねた。


―「レイチェルを傷つけたくないのなら、その身体能力を自力でコントロール

出来るようにならなければならない」



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