ハロウィンにわがさを

藤泉都理

ハロウィンにわがさを

 気が付けば。




 外国の墓場のような、いかにもおどろおどろしい雰囲気を創り出す茄子紺色の夜空が包むその空間は。




 けれども、その色が全てを隠すわけでもなく。




 パンプキン色と言いたいけれど、キャロットオレンジ色のカボチャ、大きさにしてバスケットボール三個分のそれと千歳緑色の蔦と葉が、地面を覆いつくさんと這っている光景を克明に映し出していた。






















 みなさんはいつの間にか全く見知らぬ怪しげな場所に佇んでいて、なおかつ周りに誰もいなければ、身体のどこも怪我もなし、拘束なしの場合、どのようなリアクションを取りますか?


 その場に座り込んだり、小さく呟いたり、駆け出してみたりしませんか?


 茫然とするばかりではなく、夢なのだとハイテンションになる人もいるのではないのでしょうか?




 私はと言えば、ほんの半歩右足を踏み出して、なんだこれはと小さく呟きました。


 夢の一文字さえ浮かばないほど、茫然自失に陥っていたのです。




 しかしその呪縛もそう時間も経たずに解かれてしまいます。






 一人、と数えていいのやらどうやら。






「あーあー。やっちゃったな。やっちゃったよ。やっちゃったんだよ。おまえさんは」






 ムキムキマッチョの身体を黒タイツで包み込み。


 蔦と葉でできているらしいトランクスを穿き。


 ハロウィンの時に玄関とかに飾る、笑みを浮かべているように目と口と鼻の部分だけを切り抜いたカボチャを被ったその男(身体つきと声からそう判断、もしかしたら女性の可能性もある)によって。






「…ああ、これは夢だ」






 脳を介することなく、反射神経のように、口が勝手にこの世界を否定していました。
























 眠りたい。ねむりたい。ネムリタイ。




 ぽっかぽかのお日様のお布団に包まれたこの状況で、その願いを成就したい。






「津崎。十分毎に課題が一枚増えていくぞ」




 どうせなら眠気を吹き飛ばすくらい怒鳴ってくれたらいいのに。


 そんな抑揚のない、一層眠気を誘うような声で恐ろしい事を言わないでほしい。




 机に突っ伏していた頭を上げて真っ赤に充血した瞳でじろりと国語兼担任教師を睨む。




 その背中にはどうせスマホとゲームのし過ぎだろうと書かれている。




 違うとその背中にチョップをかませたい。 


 もしくは非行少年よろしく椅子を片手にブンブン振り回してやろうか。




 今までの鬱憤晴らしも兼ねて。




 実際にはできないから、ただまんじりと学校の終わりを待つだけだけど。










「もーやだ。律儀な自分の性格が嫌だ」




 疲れたと。


 文字が具現化しそうな溜息を吐き出しながら、道端に砕け散ったカボチャをポリ袋に片づける。




「まぁまぁまぁ。当たり前の事をしているだけ」




 瞬間、カボチャを気だるげな声がする方へ投げるもヒットせず。


 余計な体力を使ったとまたも後悔しながら、私はその声の持ち主、カボチャタイツ人間、通称カボタにあと何人成仏させればいいのかを訊いた。もう、何人成仏させたのかさえ覚えるのも煩わしい。








 私が勝手に扉を開いた所為で、日本に憧れる外国の霊がこの町に飛び出してしまった。




 カボチャ(霊と同じで実体はない)をぶん投げてヒットさせ成仏させろ。




 期限は10月31日まで。






 扉を開けた覚えなんて全くないし、イヤダとも心底思った。


 しかし断ろうにも、カボタは私の安眠の邪魔をする(人生でこの時ほど殺意を覚えた日はなかった)。


 訊けば、霊は十人。




 さっさと片付ける。


 神社仏閣に飛び込んで全ての霊を成仏させてくれと依頼に出る。 




 浮かんだ選択肢は二つ。


 まずは後者とも思ったが、未成年の身だし親が出てくるかもしれないと思い至った瞬間断念。


 さっさと片付けるの文字が、ピコンピコン点滅した。






 そうして初日。大きさとは裏腹の投げやすいカボチャでやっと一人成仏させたその軌跡を振り返れば。


 道中に何個投げたか知れないカボチャの残骸が。




 霊感のある人しか見えない。


 ほとんどの人は見えていない。


 気にしない。


 大体私は悪くない。


 あとはカボタが何とかしてくれるだろ。


 というよりも、見えていないんだから自分が気にしなければいい話。


 疲れた。


 眠りたい。


 あと三時間。






 自分が投げたもの。






 黙々と片付けて朝日を拝むのは何度目か。




 怒りも疑問も湧く気力さえ起らない。




 ただ願うのは一つ。




 安眠。














「オー。スシゲイシャテンプーラドコニモナーイフジサントユーリッパナヒトドコネ」




 富士山は山であって人ではない。




 そんな突っ込みを入れる気力さえもうなく。


 寿司と芸者と天ぷらと富士山のチラシを片手に、カボチャを片手に、今日も私は充血した眼を頼りに日本に憧れる外国人の霊を成仏させるべく、無言で激走する。














「ふふふ。私は忍に憧れるサンマルエ。本場の忍と勝負するコトを夢見てまーした」




 カボタと同じ格好をした霊、サンマルエはここが憧れの日本かと、ブロック塀の上を疾走しながらキョロキョロ周りを見回す。




 町を囲む大きな山。


 野草が生えている土の道路。


 蝋燭の火に灯され幻想的に照らされる棚田や鳥居と神社。


 こまごまとしている家の立地。


 瓦と木でできている家からは米と味噌汁のあったかい匂いがただよい、家の窓口となる玄関は客人を優しく招き入れんとする優しい光が灯されている。 




 日本の原風景に心を躍らせていたサンマルエは、背後から投げ飛ばされたカボチャを避けんと塀の上から飛び降り、探し求めていた人物と相対した。




(忍ではないが)




 静寂。冷静。外観とは裏腹に、その胸の内に灯すのは―――。




 ああ、否が応でも口の端が上がる。






 無言で向かってくるカボチャの連撃を真正面から避けていたサンマルエは、クルリと背を向けて軽々と自身の背丈よりも高い堀の上へと、さらに瓦屋根へと身を移し、疾風の如き疾走し、躱す。




 霊の身だからこそのこの身体捌き。




 否、この尋常ならざる身体の動きはそれだけが理由ではないだろう。




 双方ともに。








「貴様こそ私が探し求めていたジンブーツ!!」






 右と左。


 それぞれの腕が、手が、それ自身が意思を持ち別の生き物のような動きを見せるお前は―――。






「宮本むぐべえ」


「……掃除を始めよ」




 カボチャがヒットし姿を消していくサンマルエを何の感情も移さない瞳で見つめた少女は、漆黒の闇に顔を上げた後、のろのろと動き始めた。








「あ~あ。最後まで言わせりゃよかったのに。最高の賛美だろうが」




 喉を鳴らして笑うカボタは、黙々と割れ散ったカボチャを袋の中に片づけている少女を目を細めて見つめていた。












「せっちゃん。大丈夫?」


「怖い夢を見ているだけだから」




 行ってきますと学校へ向かう娘を家の外で見送った母親が、今日はどんな夕食を作ってどのお香を焚こうかしらと思案しながら家へ戻ろうとした時、郵便屋さんから呼び止められ手紙を受け取った。




「……」




 ありがとうと礼を述べてから、覚えのない外国からの手紙の封を開けてその内容を読み終えた母親は、詰めていた息を吐くと、静かに涙を流した。








「おめでとーう。あと一人で全員っておい」




 カボタは無言かつ至近距離でカボチャを投げつけて来た少女を睨みつけた。




「どうせあんたが最後の一人でしょ。手間かけさせないでよ」


「おーおー。すごい気迫だこと」




 じろりと睨むその姿はまさに鬼。


 かっこうのタイミングだなと舌なめずりをする。




「そうそう。俺が最後の一人。捕まえてごらんなさい」




 ホッホッホっと高々と笑いながらカボチャの連撃を見事に躱していく。




(おーおー。怒りを、生命をパワーに変えてってか)




 カボチャを投げる。


 丸めて竹刀のような形をしたチラシで攻撃を図る。




 見た目こそ、間抜けな格好だが。


 その気迫や、鬼にも勝る侍。




 睡眠を限界まで制限され生命の危機を感じている魂は火事場の莫迦力というべきか。ある一点にだけ目的を定め研ぎ澄まし、自身でも図り切れない力を引き出している。




(チャンバラなんぞできなかったもんな~)




 カボタは急停止し、少女と同じくチラシを丸めた刀を創り出すと、右手と左手。両方にそれを握り、迎え撃った。












「おいおいお~い。八日間一緒にいたのに情は生まれないのか」


「生まれない」




 待ったをかけるカボタに対し、問答無用でカボチャを叩きつける少女。


 カボタが消え去ったのをきちんと見届けて後、これが最後の仕事だといつもよりは少ないカボチャの後片付けに向かったのであった。


















「トリックオアトリート。せ・つ・な」




 全てをやり遂げて休日を利用して睡眠をむさぼっていた少女、津崎せつな。


 気を使ってくれたのだろう。一日眠っていても起こしに来なかった母親に心配げに起こされたのは日曜日の朝。そして朝食兼昼食を食べて、この八日間は何だったんだろうと、達成感よりも虚しく感じながら、ぼーっと庭を眺めていて、気づけば夕方。


 お菓子を山ほど持った口髭の似合うダンディなご高齢の外人が目の前に現れた。




「…あの」




(そういえば今日って10月31日だっけ)




「せつな。私の父親。つまり、あなたのおじいちゃんよ」




 戸惑っているせつなに、母親が説明したところによると。




 外国で日本人の祖母と結婚した漁師の祖父は祖母が身ごもっていた時に遭難。


 十年ほど待ち続けていたらしいが、その地の情勢が危うくなってきたので、祖母は日本へ帰国。


 祖母はまだ生きていると希望を持ったままだったが、母は死んだものと思っていたらしい。




「お母さんにも連絡したら、明日にでもこっちに着くわよ。おとう、さん」


「サンクス…聖せい」




 感動の対面だよな、と。抱き合っている二人を見て、まだ働かない頭でも、うるっともらい泣きしそうになったせつなだったが。




 祖父の姿を見て、その涙が引っ込んでしまった。


 正確には、祖父の姿にタブって見えるカボタの姿に、だが。




(あー。まだ疲れてるんだ。そりゃあ、そうよね。大体、あんなにカボチャばっか見てたから残像が焼き付いてるんだよね)




 納得してカボタを無視する。


 手招きしていても無視をする。


 話しかけられても無視をする。




 無視。むし。ムシ。




(無視できるか!?)




 ぶっちいん。どっかがキレて、せつなは母と祖父にお祝いのケーキを買ってくると言い、家の外へと走り出した。








「いやさ~。いやさ~。あいつ。おまえの祖父。ほれ。忍の格好をして、宮本武蔵って言おうとしたのをおまえに遮られた成仏させられた一人でさ~。無事に生き返れたか気になってさ~。よかったよかったうんうん」




「……成仏させてたわけじゃなくて?」




 ツッコミどころは山ほどあるような気がしたが、とりあえず一番近いツッコミを拾って口に乗せる。




「いやさ~。ごめんね~。規則だったんだよ」




 生者の精力を吸い込んだカボチャを当てられた成仏者候補者(生き返り希望者)たちは生き返る権利を与えられる。


 霊だった時の記憶はなし。


 生者には成仏をさせる為だと説得する。




「ほかの奴らも日本に来てるよ」




「……あなたは生き返ってない」




(……優しい子だね~だから)




「うん。だからまた来年よろしく!」




「は?え?」






 だから悪い俺に付け込まれるんだよね。




 せつなからここ数日の霊騒ぎの記憶を奪い去ったカボタは、来年を待ち遠しにしながら静かに扉を閉じたのであった。








 来年も遊びましょう。せつな。












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ハロウィンにわがさを 藤泉都理 @fujitori

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