計画通りですわ!
「もう一度、状況を整理しましょう」
重苦しい雰囲気を払拭するようにメルナスが手を叩き、殊更に明るい声でそんなことを言いだした。
無事に戻ってきた二人から事情を聞いた後でのことだ。
「領主、プルーキーはこう言いました「ゲーフッフッフ! 神父も美女のシスターもいなくなった教会なんてのはあっても邪魔なだけ! 取り壊して更地にしてしまうでゲス!」」
「……その声真似やめろ。無駄に似てて思い出して腹が立ってくる」
「失礼しましたわ。当然、それに反対したお二人ですが見つかってしまったブルベック家名義の権利書を突き付けられ、押し黙るしかなくなってしまう。そんな二人に明日の昼まで待ってやるから荷物をまとめておけ、そう言い放った、と。そういうことでしたわね」
声真似などせずともそうした権力を傘に弱者を虐げるムーヴは元公爵令嬢のメルナスでも十分に様になっていた。ともかく、そういうことらしかった。
「諦めるしかないのでしょうか……」
「あんな奴の言う事なんて聞く必要ねえよ。絶対にねえ」
諦めムードを漂わせるミケと気を持ち直し、反抗する気に溢れたフェル。
対照的ではあるが、どちらも教会を諦めたくない気持ちは一致している。
そんな二人にメルナスは二本の指を立てた。そして反射的にもう片方の手も二本の指を立てて顔の横に上げていた。Wピースやめろ。
「諦めない選択肢が二つありますわ」
誰にもツッコまれず、咳払いを一つ入れて左手を下げたメルナスがその内容の一つ目を語った。
「まずは
「却下に決まってるだろうが!」
「それは絶対に出来ません」
「そう言うと思いましたわ。これが一番手っ取り早く済みますのに」
渋々でも承諾してくれれば気兼ねなく出ていくのに、と内心で落胆した。
このまま強行し、教会が救われてもそれは二人の心に大きな後悔と蟠りを残す。それはメルナスにとっても望む所ではない。
約一ヵ月、追放されたメルナスと家族同然の時間を過ごした二人と子供たちだ。彼女たちを悲しませたくはなかった。まだ人の心は残していたらしい。
「ではもう一つ。設立の経緯の関係でブルベック家が権利を所有しているとはいえ、本来であれば教会は教会本部の管理下にあるもの。権利書さえなければこのエクィナス教会も自然とそうなりますわ」
「そんな事は分かって……って、まさか」
「なら、なくしてしまいましょう」
よりにもよってそれを元貴族のメルナスが提案するのかとフェルは絶句した。
「プルーキーに見つからずに権利書を盗み出して処分すればいくら教会の権利を主張したところで通りませんわ」
「せ、窃盗ではありませんかっ」
「では
「それは……」
そう言われてしまえばミケは黙り込むしかない。それも駄目、これも駄目、だけでは意味がないと分かっているからだ。
「バレなきゃ犯罪じゃありませんわ、と言っても納得しないでしょうから……教会を守る為に罪を犯し、その罪を一生抱えて生きていく、それが罰ですわ」
溜息を漏らし、少しでもミケの罪の意識が和らぐようにとメルナスは詭弁を並べた。
それでもやはり駄目だと言われればメルナスは反対を押し切り出ていくつもりでいた。
いずれ起こりえたことかもしれないが、それをここまで急な話にしたのは間違いなくメルナスが原因。流石のメルナスであってもその罪悪感までは快感に変換出来なかったようだ。
(駄目って言ってくれても……いいんですわよ!?)
けれど内心がこれでは悲壮感も何も感じない。どっちに転んでもメルナスの一人勝ちである。
「分かりました。皆さんを守る為ならば……!」
「決まりですわね」
「だとしてどうやってだ? あいつは今も屋敷に居座ってるし、もしかしたら権利書だってあいつの懐に入っているかもしれない」
フェルの尤もな心配にメルナスは不敵に微笑んだ。
何か秘策があるのかと期待したフェルだったが、
「
こいつ、勝ちが転がり込むのは待つのではなく自分から勝ち取りにいきやがった。
「ぶっ、おま、そ、それって!」
「受け入れるのではなく戦う事を選んだ以上、勝ち方まで選んでいる余裕などありませんわ」
勝ち方を選んでいないのはお前だよ。
「だからってそれじゃあ意味がねえだろ!」
「権利書を手に入れて処分する。それが早く済めば
メルナスは顔を真っ赤にするミケとフェルにいけしゃあしゃあと言い放つ。
二人にはもうメルナスに反対するだけの材料はなかった。
(おぅふっ、おほっ、おほほっ、おーっほっほっほ! いいですわいいですわ! 世界が
悪役令嬢時代より悪辣としてるなこいつ。
◇◆◇◆
そうして彼女自身の思惑通り、メルナスは一人でプルーキーの屋敷を訪れた。
もう着慣れた修道服の下には網タイツを着用し、準備は万全。
いつかと同じどころか、鴨が葱を背負ってお鍋に火をかけるどころか取り分けてあーんまでする積極ぶりである。
「たのもー! ですわ!」
堂々とした振る舞いで扉を叩くメルナスをミケとフェルは物陰からこっそりと窺っていた。
メルナスがプルーキーと接触し、注意を引いたところでこっそりと侵入する手はずになっている。
「! これは、シスター、いえメルナスさん……」
扉を開いたセバスがのこのこと現れたメルナスに目を見開いた。
どうにかプルーキーを説得しようとしていた矢先、身を隠していたはずの本人が現れれば驚きもする。
だがメルナスが現れたということはその身を捧げる覚悟をしてきたのだろうと察してしまう。それがミケたちも同意したのか、独断専行なのかまでは判断できなかったが。
「シスターメルナスで構いませんわ。少なくとも今はまだ、そのつもりでおりますので」
「……ではシスターメルナス、本日はどのようなご用件ですかな」
「一度は逃げ出しましたが女一人で国境を越えて母国に戻る事叶わず舞い戻ってきたら領主様が
「そう、でしたか……」
すらすらと語られるカバーストーリー。
やはりメルナスは自らの身を犠牲に教会を救う事を選んだのだと確信し、セバスは思わず重苦しい声を返してしまう。
そんな彼の気など知らず、メルナスはプルーキー様と会わせてくださいなと胸を張った。
「……承知いたしました。中へどうぞ」
セバスは善人ではあり、同時に執事の鑑とも言える人物。事情を説明し、願い出れば恐らく協力してもらえるだろう。
しかし、それはきっとセバスの心にまで罪悪感を生ませてしまう。これ以上他人を巻き込まず、教会の問題はシスターたちで解決する。それが三人で決めたことだった。
「失礼いたしますわ」
セバスに悟られないように後ろ手に作戦通りに任せましたわ、とサインを送って、メルナスは屋敷の中へと消えていった。
ミケとフェルも敷地の中へと侵入する。窓から中を窺うまでもなく、ドスドスと響く足音にプルーキーとメルナスが接触したことは伝わってくる。
二人は頷き合い、静かに扉を開いて屋敷内へと忍び込むことに成功したのだった。
「ご無沙汰しております、ブルベック子爵様」
「おおっ、おお! これはこれはメルナス! 教会を出たと聞いて心配していたんだよぉ!」
「お恥ずかしながらこうして戻ってきてしまいました」
「いいんだ、いいんだ。てっきり僕はシスター長たちが君を匿っているんじゃないかとも思ったが、教会暮らしでは不満も多かっただろう。逃げ出すのも無理はないさ」
「はい……」
来るまでに観察した屋敷内の調度品と比べても質の良い家具たち。メルナスは恐らくこの部屋が現当主であるプルーキーの書斎であると推察した。
綺麗に整頓され、磨き上げられた室内は手入れが行き届いているというよりは使い込まれていないだけ。
お下がりを嫌いそうな彼のこと、歴代の当主が使っていただろう部屋は使わずに新しく用意させたもの。主自身は街で遊び惚けるばかりで不憫なことだ。
(権利書は……机の上ですわね)
机の上に丸められ転がった羊皮紙。どうやら権利書は無事見つかったようだ。
「急な訪問をお許しください。今朝、教会に戻った矢先に子爵様が
「そうかそうかぁ! いや笑いなどしないさ。君は賢い選択をしたよぉ。僕のメイドとして教会などよりもよっぽど上等な生活が送らせてあげよう」
元公爵令嬢以上の上等な生活など、それこそ王妃にでもならなければ送れはしない。
メルナスの遜った態度と、この小さな村、隣の小さな街でお山の大将をしているプルーキーには想像もつかないのだろうが。
「ブルベック子爵様……!」
「子爵など他人行儀な呼び方はやめておくれよぉ。メイドとは言ったが家族も同然、どうかその綺麗な唇で、声で、僕の名前で呼んでおくれ」
「ああっ、プルーキー様っ、なんて慈悲深いお方なのでしょう!
瞳に涙を浮かべ、今にも抱き着きそうなほどに感極まった演技。
原作主人公のリオネや元婚約者のライオットが見れば互いの頬をつねり合うことだろう。
(この
しかもそれが演技ではないことを知ったら、リオネなど卒倒してしまうかもしれない。
ある意味、悪役令嬢として追放されたことでリオネの中でメルナスの最低限の名誉は守られていた。
まあ本人はその守られたはずの最低限の名誉を踏みつけて踊り狂っているのだが。
「それじゃあ僕たちの今後についてじっくり話そうと思うんだが、どうかな?」
「ええ、是非っ。どんなことでも
「ゲフフっ、それは嬉しいねぇ……。おい、僕らはこれから大事な話をする。お前は席を外せ!」
「はっ、ですが、しかし……」
下心が見え見えの顔でプルーキーはセバスを怒鳴る。
良心から言葉を濁し、どうにかメルナスとプルーキーを二人きりにすることを避けようとしたセバスだが、そこで水を得た魚のように生き生きと余計な口を挟むのがメルナスだ。
「ああん、プルーキー様、あまり怒らないであげてくださいまし。此処はプルーキー様の大事な書斎。本来、新参者の
「何を言うんだ、そんなことはないさ」
「それに
その言葉にもうプルーキーの鼻の下と鼻息は限界である。
堪らず頷き、メルナスの腰に手を回した。
「そ、そそそうだねぇ! 確かに君の言う通りだ!」
「はい。ほら、その机の上の紙なんて、とっても大事な物なのではありませんか?」
ミケたちはまだ入り口の辺りで息を潜め、この書斎での状況までは窺えないでいるはず。それを良い事にメルナスは最低の忠告をした。
「ああ、これかい? これは君を苦しめたあの教会の権利書さ。あんなものはなくしてしまった方がいい。祈りは何処ででも出来るんだからねぇ」
「まあ! そんな大切な物ならば肌身離さず持っていた方がよろしいですわっ。もしかしたら盗人が入らないとも限りませんし。ご存知でしたか? 最近、山賊なんてものが出たそうですよ」
権利書を手早く手に入れられ、処分されてしまったら自分の望む展開にはならない。出来る限り手遅れになるようにという時間稼ぎである。本当に最低だな。
「おお、それは怖いねぇ。しっかりと持っておくことにするよ。でも大丈夫、山賊なんてものが出ても僕の力で追い払ってあげるからねぇ。……おい爺! お前は庭掃除でもしてろ! 誰も部屋に近づけるなよ!」
「……承知いたしました」
メルナスの忠告にプルーキーは脂汗でびしょびしょになっているだろう懐に権利書を仕舞い込むと再びセバスを怒鳴る。
これでは服を着ている限りどうやっても気取られずに権利書を盗み出す事は不可能になってしまった。
盗み出すチャンスがあるとすれば、服を脱ぎ、身を清めてる隙しかないが、こんな昼間から湯浴みをする者は普通はいない。
まったく関係ない話で余談で豆知識でしかないがこの世界の人々は夜の営みを行う前に湯浴みを行うことは稀であるそうだ。お湯や水が貴重なものであった頃の名残だとかそんな理由で事後にしか浴びないとかなんとか。
(くっふふふふ! 計画通り! ですわ! これでどう転んでもミケさんたちが権利書が手に入れられるのは全て済んだ後! 今度こそ、今度こそ! この下品で低俗でどうしようもない下種野郎にあんなことやこーんなことをされてしまいますわ!!)
いや本当に全然まったくまるで関係のない話でしかないのだが。
(さあヤりますわよ! セッ○ス!!!!)
とうとう言いやがったな貴様!!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます