初体験ですわ!
それから小一時間、プルーキーは教会内をドスンドスンと歩き回ったが結局メルナスは見つからない。
プルーキーは納得していないようだったが、メルナスが戻ってきたらすぐに報告するように捨て台詞を吐いて去っていった。
フェルはその背中を舌を出して見送り、ミケはほっと胸を撫で下ろす。
「上手くいったな」
「ええ。これで諦めてくれれば良いんですが……あの様子だと想像していた以上にメルナスさんを気に入られたようですね」
「シスター長が来た時も言い寄って二、三日は村に居座ってたからな。暫く昼間は隠しといた方がいいだろ」
領主が村に滞在することを居座ると表現するのはいかがなものかと思ったが、ミケは咎めることはしなかった。
プルーキーがメルナスを諦めてほしいのはミケも同じ。そのためにも関心が村からまた街へと戻ってくれた方が都合が良かった。
「そうですね。もう少しメルナスさんには我慢してもらいましょう」
プルーキーがとりあえずは去った事と大事を取って今日も夜まで隠れているようにと伝えるため、二人は教会の裏手へと回る。
そこは村の共同墓地になっており、無数の十字架が並んでいる。飢饉や事故で寿命を待たずして亡くなった村人、天寿を全うし安らかに眠った村人、理由は様々だが村で亡くなった人々は全員がそこには眠っている、のだが。
木で出来た十字架の並びの端、一つだけ明らかに材質の違う木で作られた十字架が一つ。
「コーホー……コーホー……」
竹によく似た木で作られたその十字架は中の節が削られており、何やら不気味な呼吸音のようなものが奥から聞こえてくる。
その音に動じず、フェルは竹筒の中を覗き込んで声を投げかけた。
「おーい生きてるかー」
「コーホー……ええ、生きていますわ……コーホー……生きたまま棺桶に入るなんて思いも……コーホー……しませんでしたわ……コーホー……」
「そいつは貴重な経験だな。あたしは御免だけど」
「ええ……コーホー……貴重な初体験を味わっていますわ……コーホー……」
音の正体は竹筒で出来た十字架を呼吸穴にして、生き埋めにされたメルナスであった。
ミケが選んだ隠れ場所。それは共同墓地の地面の下である。シスターが選ぶにはいささか冒涜的な気もするが、緊急時につきシスター長ミケの中でGoサインが出たらしい。
「でも暗くて狭くて……コーホー……これはこれで良い感じですわね……コーホー……」
「空気足りてないのか?」
メルナスの妄言を酸素の欠乏によるものだと勘違いしたフェルは心配そうに言うが、その意図しない辛辣な発言がよりメルナスの興奮を高めていた。本当に無敵だなこいつ。
「馬鹿領主はとりあえず帰ったけど、暫く村には残りそうだ。とりあえず日暮れまではそこで辛抱してろ」
「コーホー……あと数時間も一人で土の中に置き去りですか……コーホー……」
「辛いかもしれませんが耐えてください、メルナスさん」
申し訳なさそうなミケだが、棺桶に入る時も上から土を掛けられる時もメルナス本人はノリノリだったことに気付いて欲しい。きっと十字架に磔にしても悦ぶだろう。
「コーホー……でもちょっと喉乾いて来たので水を筒から流し込んでくれません? 何ならフェルさんから出た水でもコーホー……」
「馬鹿か、溺れ死ぬぞ? 一緒に水筒入れてやっただろ」
幸いにも後半は呼吸音で途切れ、聞こえなかったためにフェルは真面目な返答を送った。もういっそ十字架抜くか砂でも流し込んでやるべきである。
「時間になったら掘り起こしてやる。ま、明日の朝にはまた入ってもらうけどな」
「新手の拷問ですわねコーホー……滾りますわコーホー……」
「冗談言える元気があれば大丈夫そうだな」
頭の方は大丈夫じゃないですが。
生き埋めという新たな性癖の境地を開拓しつつ、とにもかくにもプルーキーをやり過ごしたメルナス。このまま何事もなくほとぼりが冷めればいいとメルナス以外の誰もが願っていた。
◇◆◇◆
翌日。
メルナスは再び自分が埋まる為の穴を掘り返していた。拷問にも等しい苦行のはずだが汗を拭う彼女の表情はとても晴れやかで満ち足りた笑顔だった。
作業の直前、子供たちの教育を考えてか、「いいですの? 絶対にこの穴の中に砂とか水とか入れてはいけませんわよ? 絶対の絶対ですわよ?」としつこくいい含めるその姿はクソ野郎と言う他ない。なお子供たちはみな良い子なので素直に言う事を聞いていた。
「おいメルナスっ、大変だ!」
「えっ、まさかもう来たんですの!? いけませんわすぐに
と、教会の方から慌てた様子でフェルが駆けてきた。
メルナスは
「そうじゃない! あのクソ野郎、本気で教会を潰す気になりやがった!」
「……詳しく聞かせてくださいな」
穴から顔を出し、神妙な顔つきでメルナスは尋ねた。
「それとそこに立てれるとスカートの中丸見えですわふぎゅんっ!」
「真面目に聞け馬鹿!」
顎を蹴り上げられ、親指を立てながらメルナスは穴の中に沈んでいった。やはりこのまま埋めるかプルーキーに差し出すべきでは?
ふざけてる場合ではないとメルナスを
「さっき執事の爺さんが伝えてくれたんだが、父親の書斎を漁りだしたらしい。多分、教会の権利書を探してるんだろうって」
重要な権利書が何処にあるのかも分からない杜撰な管理に呆れるが、僅かでも猶予が出来てその間に伝えてくれたのであればありがたい。
しかし、権利書が見つかればメルナスたちではどうすることも出来ない。教会本部への手紙は今日出したばかり、対応は見込めない。
「それは困りましたわね……ミケさんは?」
「爺さんと一緒に屋敷だ。説得するつもりでいる。もっと早く本部に直接出向くべきだったって責任感じてるみたいだったからな……」
「それは対応が遅い本部が問題ですわ。まったく、一人で乗り込むなんて無茶をしますわね……」
「お前が言うんじゃねえよっ」
自分のしたことを棚に上げるメルナスにフェルは怒りを示したが、どこ吹く風でそれを受け流す。
執事のセバスがついている以上、危険な目には遭わないだろうが、だからといって話し合いで解決するとも思えない。
話して分かるような相手にメルナスが運命を感じるはずもない。何を言っても無駄、人語を解しているかも怪しいような相手だからこそ、メルナスの胸はときめいたのだから。
「いいか? あたしはシスター長を追いかける。あんたは此処でじっとして、子供たちと居ろ。いいな」
「あら、今度は
「誰が狙われてるのかはっきりしてるんだ、当たり前だろ」
「それは残念」
前回の事もあり、メルナスは大人しくフェルの言葉を聞き入れる。
ここで自分が出ていき、身を捧げるのは容易い解決方法ではあるがそれは自分を守ろうとしているミケとフェルに対する裏切りだ。
それを良しとしない程度にはメルナスの良心は性癖に勝っていた。
「晩御飯までには帰ってくるんですのよー」
気の抜けた言葉でフェルを送り出し、残されたメルナスは穴を埋め返して子供たちの相手をすべく教会の中へと戻っていった。
(こういうパターンってだいたい戻って来ないんですのよねー)
台無しだなクソが。
だがメルナスの予想と反し、ミケとフェルは夜を待たずして二人で教会へと帰ってきた、だがその表情は暗いものであった。
俯き、修道服の裾を皺が付くほどに握りしめ、唇を噛みしめるフェルと顔を青くしたミケの様子から良い知らせを持って帰ってきたわけではないことを悟る。
「……領主様に教会からの立ち退きを勧告されました」
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