出会ってしまったふたりですわ!
「ゲッフフフゥ……」
(ぐっふふふふぅ……!)
互いが互いに気色悪い笑い声を内と外で漏らしながら、
ちなみにそれを眺める周囲の女性陣はもしメルナスの立ち位置が自分だったらと考えて鳥肌が止まらなくなっていた。
「お、おいっ、いつまでも突っ立ってないで行くぞっ!?」
今更遅いと知りつつ、この状況はまずいとフェルが再びメルナスの手を引き、豚領主の脇を通り抜けようとするがメルナスはびくとも動かない。
そしてフェルが前に出た事で豚領主の推測に確信を与えてしまう。
「むぅ……? 誰かと思ったら田舎村のガキシスターじゃないかぁ……ふーん、それじゃあ君は村の教会の新入り……ああ! そうか、君が追放されたとかっていう元公爵家の……ふーん……?」
「ご挨拶が遅れて申し訳ありませんわ。村についてすぐに伺ったのですけれど」
「ゲフフ、あんな何もない村には居られないからねえ……でも君みたいな娘が来るって知ってたら待っていても良かったのになあ……まったく爺は気が利かなくて駄目だなぁ……」
口ぶりからして今の今まで公爵家の使いが出向き、説明していた事を忘れていたのだろう。国が違えど貴族であれば考えられないことだが、そんな常識も彼には通じないらしい。
「改めまして、シスター見習いとして村に住まわせてもらっております、メルナスですわ。どうかよろしくお願いいたします」
「ゲフフ、結構結構。流石元貴族、態度がしっかりしてるねぇ……」
深々と礼儀正しく頭を下げたメルナスに豚領主ことブルベック家現当主、プルーキーの好感度はうなぎ登りである。
ひょっとするともしかすると、このまま二人が良い仲になった方が誰にとっても幸せ……なのかもしれない。
「自分の住まう村の領主様ですもの。礼儀を尽くすのは貴族でなくとも当然のことですわ」
「グフっ、いいねぇ……気に入っちゃったよ」
馴れ馴れしく肩を抱いたプルーキーだが、メルナスもそれを拒絶せず、にこやかな笑みを浮かべるだけだ。
本当の本当にメルナスの好みドストライクでその全てを受けいれてしまっている、かと思われた。
(うわっ、くっさい、汗くっさい。息もくっさぁー、はぁーくっさ、くっさい、くっさいですわぁ……)
しかしどうだろう。
内心のメルナスは嫌悪感を隠そうともしていない。
やはり元は貴族の公爵令嬢。イケメン相手に肥えた美的感覚では豚は受け入れられないのか。
(こんなブッサイクの放し飼いされてるような豚野郎に触れられていると思うと……はぁぁあん! たまんねーですわね!)
単にいつもの如く拗らせた性癖をしているだけだった。
つくづく業が深い元お嬢様である。
「ゲフッ、一緒に食事でもどうだい? 領主として領民とは仲良くしたいからねぇ……」
「あら、よろしいんですの? それでは──」
申し出をありがたく受けようとしたメルナスだが、その間にフェルが割り込む。
プルーキーのお腹に触れてしまった腕を修道服に擦りつけつつ、メルナスの手を引いた。
「申し訳ないですけどっ、あたしらこれから村に戻るところなんで。シスターがあまり長く教会を離れるわけにはいけないんでっ」
「んぅ? お前、まだいたのか。だったらお前一人で戻るといい。彼女は僕が送っていってあげるからさぁ」
「あたし、こいつの先輩なんで。まだまだ教えなきゃいけないことがたくさん残ってるんですよ。……いくぞ」
有無を言わさず、メルナスを連れてフェルが離れていく。メルナスは去り際にもにこやかに礼をして、されるがままに引かれていく。
プルーキーは不満気であったが追う事はせず、メルナスの後姿に下卑た視線を送り続けていた。
「追って来ねえな……はぁ……お前、何考えてんだよ……」
「何、とは? 領主様相手なのです、礼を失してはいけないでしょう?」
「それはそうだが、なんかあれのこと素敵だとか何だとか言ってただろ……正気か?」
あんなのでも領主。余計なもめ事や怒りを買うような真似を避けるべきなのはフェルも同意だ。
フェル一人では自分を抑えられず、厄介なことになっていたかもしれない。
だが、メルナスの口から零れ出た呟きから考えるにそれだけではなさそうなのが問題なのだ。
「ええ、まあ。今まで会った殿方の中で一番かもしれませんわ」
「嘘だろ……? お、落ち着いて考えろ? 目を覚ませ? あんな豚みたいな野郎だぞ? 貴族って言っても公爵家とは比べものにもならないような木っ端貴族の子爵家の馬鹿息子だぞ?」
胸ぐらを掴んで揺さぶり、正気に戻れと訴えかけるフェル。メルナスは絞まる首の感覚にうっとりと現を抜かしていた。駄目だこいつ。
「うふふ、だからいいんじゃありませんの……」
高貴な生まれの自分が成り上がりの木っ端貴族と。想像しただけで滾ってしまいますわ、とメルナスは体をくねらせる。
フェルは信じられないものを見るような目で固まり、額を押さえた。
「まあまあ。
「あ、ああ。……本気かよ……」
未だ納得できない様子のまま、メルナスが操る馬車はフェルを乗せて村へと引き換えしていった。
◇◆◇◆
教会へと戻り、子供たちにお土産を渡した後、メルナスたち、三人のシスターが別室で三者三葉の表情で向き合っている。
「そう。領主様がそんなことを……」
「あんな領主の言う事なんざ聞く耳持つ必要ないとは思うけど、一応は」
「フェルさんは知っているとは思いますが、この教会は先代の領主様がお建てになったもの。管理こそ教会本部が行っていますが土地も建物の権利もブルベック家が所有しています。私たちが此処に居られるのは領主様のお慈悲があってこそなのですよ?」
と、ここでメルナスが知らない事実が明かされた。
てっきり国の支援の下で教会が建てたものだとばかり思っていたが、そうではないらしい。
「元々は先々代の領主様が親を亡くした子供たちの為に孤児院を建てたのが始まりでした。それに村に立ち寄った教会関係者が感銘を受け、子供たちに読み書きを教えている内に教会へと変わっていったのです」
「そうだったんですの。ご立派な領主様だったのですね」
子爵へと家格が上がったのもそういった慈善活動と教会の後押しがあったのかもしれない。
しかし、そうなると現領主の発言も妄言だと切り捨てられないものになってくる。
「いくら権利を所有していてもフローレンス教は国の支援を受ける国教。一存で取り壊すことは出来ないはずですわ。……でも新しい神父様の件でも反応がないことから、教会の本部は当てには出来ませんわね」
この国でも隣の国でも、貴族の一存で取り壊すようなことをすればそれは神へ唾吐くに等しい暴挙だ。そう簡単に出来ることではないが、本部も忙しいのか、それとも国の外れの僻地の事など捨て置いているのか。現状では分が悪いのはこちら側だった。
「やはり一度王都に直接出向くべきではありませんか?」
「どうだかな。シスター長が来て以来、向こうからは一切音沙汰無しだ。行っても知らんぷりで門前払いされても不思議じゃないぞ」
「……もう一度、今回の件も踏まえて手紙を送ってみます。信じて返事を待ちましょう」
前世も今世もメルナスは敬虔な信徒というわけではなかったが、まるで神に見捨てられたような環境だ。
実際に見捨てたのは神ではなく人だろうが、宗教の世界も貴族社会と同じで腐る所は腐っているようだ。
「いざという時は
「バッ、お前シスターだろ!?」
「あら、何も言っていませんが、シスターだといけないようなことを想像したんですの?」
万が一
だからこの世界にセクハラという言葉はないが、前世であれば一発アウトな発言でフェルを煙に巻く。顔を赤くしたフェルは知るか! と部屋を飛び出していった。
「メルナスさん。自分を犠牲にする方法ばかりを考えてはいけませんよ」
「そんなつもりはありませんわ。
「……」
物言いたげに、しかしミケは押し黙った。
ここだけを見れば間違った自己犠牲を良しとする歪んでしまった主人公を心配するも借りがある為に強くは言えない上司、結果的に主人公の選択が大きな過ちを呼ぶことを暗示するシーンにも見えるがそんなシリアスな展開は訪れない。
一度痛い目を見るべきだと思うがそもそも痛いのでも悦ぶのでもう誰でもいいからどうにかして懲らしめてもらいたい。
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