運命の出会いですわ!!
サバート村と比べればグレースの街は十分に発展している。メルナスがかつて通っていたクローディア学院がある王都とは比べるべくもないが、それでも懐かしめる程度には都会だと言える。
「子供たちへのお土産はやはりお菓子がいいですわよね」
「いくら懐が豊かになったって言っても、あんたの基準で選んで大丈夫か……? また清貧すぎる生活に逆戻りするのは勘弁だぞ」
「そこまで金銭感覚ぶっ壊れていませんわよ。それにもしまた生活が厳しくなりそうならその前に金策は考えますわ」
幸いにしてメルナスには前世の知識のおかげで一儲け出来そうなアイデアは無数にある。公爵家に置き土産としてそのいくつかを残してはきたが、それでもまだまだ実現可能な物は多く残っている。
現状の生活に不満がないため、わざわざそれを形にしようとは思わないが必要であれば前世と今世の知識を総動員して教会を立て直す気でいた。
「シスターが金策なんてしたら目をつけられそうなもんだけどな」
「その時は追い出されたことにするだけですわ。子供たちが巣立った後、教会での生活を悔やむことにはしたくありませんもの」
「流石は元ご貴族様。ご立派なことで」
「家を守り、家族を愛おしむ。当然の事ですわ。フェルさんと同じですもの」
今更フェルの皮肉めいた口調に腹を立てることも興奮することもなく変わらない口調で返しつつ、メルナスはお目当てのお土産を探して街中を進む。フェルはむず痒そうにして、その後に続いた。
「やっぱり村では見かけないものもたくさん並んでますわねー。せっかくですから食材も買っていきましょう」
最初に目についたのはお菓子ではなく、野菜と果物が立ち並ぶ露店だった。
村では見る事のない南国の作物も多く並んでおり、メルナスはそれを眺めて明日の食事のメニューは何にしようかと思案する。
「おやシスターのお嬢ちゃんじゃないか。うちに寄ってくれるなんて初めてだねえ」
メルナスの背後で呆れ顔をしていたフェルに気付き、店主の男性が声を掛けた。
街に何度も訪れたことのある修道服を着た子供、と見間違える体躯のフェルを覚えていたらしい。
「どんなゲテモノを売り付けられるか分からないからな。これとか何だよ、本当に食えるのか?」
「いやいや女神様に仕えるお人に滅多なもんを売り付けたりしないさ。それは南国の珍しい果実でな、味は保証するぜ?」
どうやらこの街でも珍しい輸入品を取り扱う店のようだ。
前世の知識からすんなりと受け入れていたメルナスだが、確かに公爵家でも食卓に並ぶ事がないような食材が並んでいた。
「パイナップルにバナナ、それにキウイにマンゴーですわね。どれも甘くて美味しいですわよ?」
「おっ、見ない顔だけど新入りさんかい? その通りだ、よく知ってるねえ」
どれもこの辺りの気候で育てるのは難しいものばかり。フェルが怪しんで近づかないのも無理はないラインナップだが、メルナスには魅力的な食材の宝庫だ。
(子供たちの事を考えて栄養を重視したメニューばかりでしたけど、それに付き合う
実は順風満帆すぎてお腹周りが不安になっていたメルナスだった。何故そういう普通の女の子らしい面もあるのにこんなのになってしまったのか。
「まあ、お前が言うなら信じるけどよ」
「お、デレ期ですわね」
「意味は分からないけど馬鹿にしてるだろ」
「いえいえ。素敵な先輩だと褒めているんですわよ」
「やっぱり馬鹿にしてるだろ?」
店先で痴話喧嘩を繰り広げているにも関わらず店主は心広くも微笑ましく見守っていたが、ふと思い出したように口を開く。
「そういえば神父様が逃げて大変だって聞いたけど大丈夫なのかい?」
「心配されるような事はない……けど、なんで知ってるんだ?」
この街の人間にまで逃げた神父の噂が広がっているとは思わず、フェルが聞き返すと店主は隠すでもなく教えてくれた。
「あんたらの所の領主様が酒の席で話してたのを聞いてね。今思い出したんだ」
「あの野郎、普段は寄り付かないくせに……」
「滅多なことは言うものじゃありませんわよ。ご心配なく。今、本部に新しい神父様を派遣するようにお願いしているところですわ」
ただし状況は芳しくないが。という事実を隠してメルナスが微笑む。
お金の問題は解決したとはいえ、そもそもきっかけを作ったのは公爵家。悪気はなかったとはいえその事実に思う所もあるらしく、あまり他所から突っ込まれたくはないらしかった。
「そうかい? それなら安心だな。酔った勢いとはいえ神父がいない教会なんて取り壊しちまえーなんて言ってたらしいからよ」
「ええ。すぐにでも新しい神父様がいらっしゃりますわ」
おほほ、と愛想笑いを浮かべたメルナスはいくつかの果物を見繕い、購入するとすぐに路地裏でフェルと顔を突き合わせた。
「聞きましたか?」
「ふざけた事言ってくれるな、あの馬鹿領主……!」
「酔った勢いとは言ってましたが、早急に対策を練った方がよろしいかもしれませんわ」
「ああ。シスター長に相談しよう」
領主の思い付きと勢いで家と家族を壊されるわけにはいかない。
頷き合い、手早く子供たちのお土産を見繕って二人はすぐに村へと戻ることにした。
しかし運命の悪戯か、二度、三度と華麗に破滅を乗り越えてきたメルナスの下に新たな不運がドスンドスンと足音を立てて現れる。
「げっ、メルナスっ、止まれっ!」
「はい?」
曲がり角を抜け、馬車を預けた馬舎まで後少しという所で何かに気付いたフェルが叫ぶ。
隠れるように角の影に戻ったフェルを振り返ると、メルナスの向こうを見つめて表情を顰めていた。
一体何が、と視線の先を追うと行き当たったのは一件の宝石店とその店先で存在感を放つ巨体であった。
「こちらなんて如何でしょう? 王都で大変人気な職人が手掛けた一点物です。これを贈られて喜ばない女性はいません」
「ゲフフ、そいつは良い。プレゼントにぴったりだ、ゲフフ」
清潔感は欠片もないが、衣服と装飾だけは上等な物を身に着けている。明らかに貴族の身なりだ。
「噂をすればっ、あいつが馬鹿領主だ。見つかってぐちぐち言われるのも面倒だ。隠れてやり過ごすぞっ」
「え、ええ……」
フェルに強引に腕を引っ張られ、そのまま影から様子を窺うメルナス。
成程、馬鹿領主と呼ばれるのも頷ける、一目で分かる馬鹿っぷりだ。
「確か領主、ブルベック子爵家は元は商家の成り上がり貴族でしたわね」
「ああ。この国では男爵位は金で買えるからな。先々代が爵位を買って、先代と二人で経済発展の功績がどうのこうので子爵にまで成り上がったんだ」
「そう……ろくでもない方ですのね」
もう会う事は叶わないがさぞ商人として優秀だったのだろう。
母国では余程の功績を立てない限り、平民は貴族にはなれない。そのせいで下手な貴族よりも裕福な商家の方が金を持っている、なんてことにもなっているのだが。
聞いた話では先代が亡くなった後、あの領主はこの国の王都にある商会の運営を部下に任せたそうだ。そして領地に戻ったはいいものの運営は執事に任せきりでああして遊び歩いている。商会も利益は上げてこそいるものの伸び悩んでおり、とんだろくでなしであることに間違いはない。
そんな豚のように肥えた貴族を前にメルナスは、
「素敵ですわ……」
トゥンクと胸が高鳴っていた。
「はぁ!?」
聞き間違いか、いや明らかにフェルが見上げたメルナスの表情はうっとりととろけている。信じられないものを見たと思わず叫び声を上げたが、それがいけなかった。
騎士団支部前での騒ぎの比ではない大声に周囲からの注目を集め、その中には問題の馬鹿領主の視線も混じっていた。
しかも宝石店から離れ、ずしずしと地響きを鳴らしながらメルナスたちの方へと近づいてきている。
「やべ……っ」
慌てて頭を引っ込めてももう遅く、メルナスに至っては隠れるどころか体を前に出していた。
(豚と見紛う非人間的なシルエット、ここまで聞こえてきそうな鼻息荒そうな顔、どうやって体を支えているのか分からないほどの脂肪……これは……)
その感想でどうしてあんな世迷言が口から飛び出すのか理解不能である。
ゆっくりと歩み寄る馬鹿領主改め豚領主をじっくりと観察していたメルナスに影が落ちる。眼前にまで近づいてきた豚領主の影であった。
「んんーっ? シスターのようだが街では見ない顔だなぁ……? 君のような可愛い娘を見たら忘れるはずないんだが……ゲフフ」
普通の女性なら嫌悪感が溢れ出し、鳥肌が立つのを止められない視線でメルナスの上から下までを鼻息荒く、舐めるように眺めた豚領主の発言だが、メルナスは目を逸らすことなく豚領主に負けず劣らずじっとりと粘着質な視線を全身に向けていた。
(成り上がりの三流貴族、イエス! 脂ぎった肌、イエス! でっぷりと出たお腹、イエス! 厭らしい下種な視線、イエス! どぅへへへ……これは……運命では……?)
どこに運命を感じる要素があるのか。どうしてその胸の高鳴りをクラウド相手に鳴らせなかったのか。
まさか元悪役令嬢メルナス、限界性癖元お嬢様、新たな恋の予感……?
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