イケメン騎士ですわ
よもや腰の剣にまで騎士の手が伸びようとした時、それに待ったを掛ける人影が門の向こうから現れた。
「その太陽に透き通る金髪、あなたはヴェルフェクス王国のクルストゥリア嬢ではありませんか?」
銀色の長髪を靡かせる美丈夫、ノルフェスト王国騎士団の証である獅子の紋章が刺繡された団員服を着こなす男が少し驚いたようにメルナスのかつての名を呼んだ。
婚約を破棄された悪役令嬢が追放先で出会った美男子。セオリー通りならばこれは間違いなく、原作とは異なる物語を歩み始めた悪役令嬢のお相手役、新たな恋と波乱を予感させる運命の出会いになる──
(誰ですのこの目に痛い髪色のイケメン顔は)
──はずもない。だってメルナスだもの。
「きゃあああ! クラウド騎士団長よ! なんてお美しい……!」
「き、騎士団長! お騒がせして申し訳ありません!」
黄色い悲鳴を上げる女性たちと姿勢を正し上擦った声で敬礼を取る騎士団員、追放先の騎士団長や皇太子となれば普通は間違いなく新たなお相手役となるのだが、その展開はメルナスの物語には望めない。
(説明ご苦労ですわ)
メルナスはまるで興味のない白けた目で門の外、メルナスたちの目の前にまでやってきたクラウド団長を眺めていた。
性癖と前世をこじらせたメルナスにはイケメン顔には靡かないのだった。
「おいメルナス、知り合いか?」
「騎士団長だそうですからいつか何かの機会に会ったのかもしれませんわ」
騎士団員と話すクラウドを眺めつつ、耳打ちしてきたフェルに冷めた口調でメルナスが答えた。
地続きの両国は親交も深い。騎士団長であれば王侯貴族たちの集まりに警備に駆り出されたこともあるだろう。その時に顔を合わせていても不思議はない。流石のメルナスも警備した騎士団員の顔ぶれまでは記憶していなかった。
一目見たら忘れられないイケメン顔ではあるが、前世の記憶にも引っ掛かるものはない。この現実世界の一般イケメン騎士団長ということだろう。
「団員の御無礼をお許しください、クルストゥリア嬢」
「構いませんわ。彼は職務に忠実であっただけです」
「寛大な御言葉、感謝いたします。しかし何故、あなたがこの街、この国へ? それにその装いは……」
「色々ありましたの。今の
公爵令嬢がシスター見習いとなった経緯を色々であっさりと済ませ、フラグをバキバキに折っていく会話スタイル、いっそ清々しい。
「承知しました……いえ、分かった」
しかしそこはイケメン騎士団長。見事な対応。
口調を崩しながらキリッとした顔つきから僅かに笑みを覗かせ、お堅い印象を塗り替える好プレーを見せる。その笑顔を見た周囲の住民はくらりとやられていた。
「今のあなたが何者であっても平和に貢献すべく訪れていただいたのは事実。拘束されていないのは気になるが、詳しい話を伺っても?」
今度は鋭い視線で山賊たちを射抜くクラウド。その表情のギャップにモブたちはくらくらである。
「ええ、勿論。ですがそう睨まないであげてくださいな。見ての通り反省しているんですの」
「だが君は彼らに……いや、すまなかった」
クラウドの眼光から庇ってくれたメルナスを見る山賊たちの目がより輝いた。そっちのフラグは立てていくのか。
物言いたげだったクラウドも視線を緩め、中で話を聞くとメルナスたちを促した。
◇◆◇◆
通された部屋はそれなりに立派な作りでソファも上質な物ではあったが、メルナスにとって驚くものではなかったし、仮にも王国騎士団の団長が使う部屋だとも思えなかった。
「ところで何故、騎士団長ともあろうお方が王都から離れたこの街に?」
万が一にも母国であるヴェルフェクス王国と戦争となれば重要な場所ではあるが、関係は良好そのもの。平時に団長が詰める場所ではない。
メルナスの疑問──といっても興味はそれほどそそられていないが──は尤もだった。
「隣国との合同演習の後でね。そのついでにこの街の支部を視察していたんだ」
「ああ、そういうことでしたの。そういえば定期的に行っていると聞いていましたわ」
にこやかにメルナスの質問に答えた後、さて、とクラウドはメルナスの隣に座る山賊たちに再度目を向けた。
先ほどよりも厳しい視線ではなかったが、まさか騎士団長という大物と相対することになるとは思っていなかった山賊たちは委縮しているようだった。
「あなたを襲った山賊、とは聞いたが、此処に自首してくるまでの経緯を聞かせてほしい」
「へ、へえ……」
二人はしどろもどろになりながらも、ありのままの事実をクラウドに告白する。
メルナスは山賊の罪がどう裁かれようとあまり興味はなかったが、ミケは恐らく減刑を望むだろうと悪しように伝えようとする山賊の言葉に時折フォローを混ぜ、全てを話させた。フェルは最初、むすっとした顔でそれを聞いていたが、やがて呆れ顔に変わり、口を挟むことはなかった。
「メルナス嬢……いえ、シスターメルナス、女性がそのような危険な真似をするものではないよ」
「その辺りの話は耳にタコが出来る程されましたので省いてくださいまし」
しれっとした顔で紅茶を啜るメルナスに反省の色は見えない。クラウドは苦笑してそれ以上追及することはしなかった。
「生憎とこちらの国の法律には詳しくありませんが、見ての通り彼らは深く反省しております。逃げようとも思えば逃げられたにも関わらず大人しく此処までついてくるほどです。情状酌量の余地は十分にあると思いますわ。これは
「だが彼らが略奪を行おうとしたのは事実。罪には罰を与えねばならない」
「それは勿論。彼らもそれを望んでおります」
「へい。煮るなり焼くなり好きにしてくだせえ」
「罪を償って、綺麗な体でもう一度シスターの姉さんたちに礼を言いに行きたいんでさあ」
被害者と加害者双方からこう言われてしまえばクラウドも単純な罪状通りの罰は与えられない。
暫し考え、結論を口にした。
「では騎士団監督の下、この街で一年間の奉仕を行ってもらうというのはどうかな?」
「社会奉仕活動の従事ですか。ま、妥当な落としどころですわね」
この世界では民事と刑事、起訴と不起訴といったメルナスの前世にあったような仕組みは存在しない。
貴族は別だが平民であれば騎士団が警察と検察の両方を兼ね備えているような状態だ。仮に冤罪であったとしても平民がいくら申し立てようと騎士団が黒だと断定すれば決定が覆る事はほとんどない。同時に、下心ある騎士や支部での話であれば金を積めば有罪を無罪にすることも可能であるが。
罪状に対してあまりに軽い罰ではあるが、騎士団長が決定したことであればそれに異議を唱えるものは誰もいない。被害者も納得しているため、この場で下ったこれが最終判決となるだろう。
「ということですので精々励みなさいな」
「へ、へい!」
「あ、えー、ご、ご寛大な処置に感謝いたしやす……?」
元来小心者であるためか、死罪すらも覚悟していた山賊たちは少し呆気に取られているようだった。
その様子を見て、クラウドは自分の判断が間違っていない事を確信した。犯罪者をやむを得ずその場で斬ることもある立場だ、犯罪者であることに違いはないとはいえ、荒んでいた自分の心が癒されていくのを感じていた。
「それでは後の事はお任せいたしますわ」
「ああ。……もう行かれるのか?」
「お忙しい騎士団長様をいつまでも茶飲み相手には出来ませんわよ」
「そう、だな。サバート村の教会にいるんだったな?」
一切メルナス側のフラグは立っていないが、クラウド側はそうでもなかったらしい。どうやらメルナスに何か惹かれるものがあったようだ。それが物語的には正しい反応ではあるが、やめておけと声を大にして訴えたい。
「もう数日はこの街に滞在している。……その、村の教会に祈りを捧げに行っても良いだろうか? この街では落ち着いて祈りを捧げられなくてね」
「人気者は大変ですわね。お好きにどうぞ。騎士団と違って教会の門はどなたにも開いておりますわ」
「ありがとう。必ず寄らせてもらうよ」
どういうわけかメルナスは望まないまま騎士団長のルートを開いたところで山賊事件は終わりを見たのだった。
(こんなイケメンなんてどぉぉぉおおおでもいいですわー)
復讐も逆襲も望まない、むしろその逆こそを待ちわびる元悪役令嬢メルナスだったが、原作を離れても変わらず、彼女の思うように事は運ばないらしかった。
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