連行ですわ!
「はぁ……そうですの。
「ああ、そうだ……そこで揺れてた所にお嬢さんの自分を犠牲にしてでも誰かを助けようとする姿を見て、自分が情けなくなっちまったんだ……」
どう転んでも自分の理想の展開には繋がらないことを悟ったメルナスは仕方なく山賊たちと対話していた。
こんな都合良く──メルナスにとっては都合悪く──改心するなど納得いかなかったが、その理由はメルナスだけではなく、シスターミケにもあったようだ。
「オレたちはもう逃げも隠れもしねえ。騎士団に突き出してくれ。最初からそれが目的であの村に来たんだろ?」
「そういうわけじゃありませんが……分かりました。
「ああ……塀の中から出て来れるかは分からねえが、もし出られた時は真面目に生きてみるよ」
肩透かしにも程があるが、これでこの一件は解決。
子供たちもミケも、メルナスも全員無事の円満解決、見事なものだ。
原作の最中、悪役令嬢のままであったならこう上手く事は運ばなかっただろう。もしかすると前世の知識で知った、物語の強制力のようなものなのかもしれない。
(
メルナスは爪を噛んで嘆いた。
嘆きたいのは両親と被害を被った原作主人公たちである。
「それじゃ、一緒に村まで来てもらいますわよ。今日はもう遅いですから明日になったら街の騎士団の所に連れていきます」
「分かった。抵抗する気はねえが、そこらの縄で縛ってくれや」
「嫌ですわよそんな羨ましい、ではなくて面倒な。大人しくしてればそれでいいですわ。ま、逃げた所で追う気もありませんけれど」
山賊たちから完全に興味を失したメルナスの対応は酷いものだったが、それがまた人に信じられたことなどない山賊たちの心を打つ。
踵を返したメルナスの後ろ姿を潤んだ視界に映して二人はその後を黙って追った。
洞窟を出ると、ミケたちが村に戻らずに出口で待っていた。にこにこと笑みを浮かべているミケはこうなる事が分かっていたのだろう。神父に裏切られようと人の善性を信じるシスターの鑑である。修道服の下は網タイツだが。
「メルナスさん! 無事で良かった……!」
「ご心配をおかけしましたわ」
「もうこんな無茶はやめてください、生きた心地がしません……」
「考えておきますわね」
メルナスを囲む村人たちに事情を説明すると山賊たちは一晩馬小屋にでも転がしておこうという意見が出たが、それをミケが止め、教会で預かることとなった。子供たちもそもそも自分たちが誘拐され、人質されていたとすら分かっておらず、監禁中に遊んでもらっていたようで反対する子は一人もいなかった。
被害者と預かる教会側がそれで良いと言うのだから村人たちも強くは反対できず、反省した様子の山賊たちを見て渋々了承した。
恐らく反対するのはフェルぐらいだろうな、と教会で待つ彼女の顔を思い浮かべ、今回の無茶を知ったらまた叩いてもらえるかもしれないとメルナスはそれを楽しみに帰路へと着くのだった。
◇◆◇◆
散々フェルに説教を受けた──残念ながら暴力は振るわれなかった──翌日。
一晩ですっかり憑き物が落ちたように穏やかな表情を浮かべる二人の山賊を駐留している騎士団に引き渡すため、フェルとメルナスが隣街へ向かうことになった。
まだ街に出た事がないメルナスについでに羽を伸ばしてきなさい、というミケの心遣いだった。
「色々とご迷惑をおかけしやした、シスターの
「罪を償ったらいの一番に報告に来やす」
「ええ。お待ちしていますね。その時はまた、子供たちと遊んであげてください」
改心のきっかけとなったミケに深々と頭を下げる山賊たちをフェルは面白くなさそうに見つめる。
今回の事件で一番蚊帳の外となったのは彼女だ。これだけ心配を掛けさせられて、その当人たちは気にした様子も見せないのだから面白くない。
「罪を憎んで人を憎まず、ですわよ」
「へーへー。元貴族様の言う事はご立派ですねえ」
「どちらかというシスター見習いとしての言葉ですけれど」
フェルを同行させるのは街の案内と、彼女の機嫌を直して来いということなのだろう。
そちらの方が大変そうですわ、と苦笑しつつ、久しぶりとなる都会を楽しみにしているメルナス。そういった一般的な女性の感性も残っているのは幸いか。
「それでは行って参りますわ」
「はい。道中気をつけて。夜には帰って来てくださいね」
「子供でもシスター長でもないんだ。分かってるよ」
フェルの皮肉をあらあらと受け流したミケに見送られ、四人は一路隣街、グレイスの街へと向かう。
街までは徒歩で二時間ほどだが、メルナスが馬を操れるということで馬車を借りることになり、片道一時間ほどの旅路になる。
村一番の好青年ソーマが心配だと同行を申し出るも相手するのが面倒なメルナスがやんわりと断った一幕があったが割愛する。
「御者をする公爵令嬢なんて聞いた事ないぞ」
「今はシスターですので」
「それも聞いた事ない」
「でしたら貴重な体験ですわね」
馬車を引かせるのは初めての経験だったが、そこは無駄な要領の良さを生かしてメルナスは難なく手綱を操り、街道を進む。
屋根付き馬車から顔を出し隣に座ったフェルと取り留めない話をして、山賊たちは今も縛られもせず見張りもいない状態だったが逃げようともしなかった。
「此処は……」
「左がグレースの街だ。右は……国境に繋がってる」
見覚えのある景色。ニーナたちと共に通った道だった。
フェルも村にやって来た時に恐らく通って来たのだろう、複雑そうな表情を浮かべている。
「やっぱりまだ未練があるのかよ」
「ない、と言えば嘘になりますわ。公爵令嬢としての
「あたしには貴族の生活は分からねえが楽なことばっかりじゃなかっただろ」
「正しく生きていれば誰しもがそうですわよ」
そういうもんかね、と気のない返事。フェル以上に思う所がある表情を浮かべるメルナスに気を遣ったのかもしれない。
(山賊たちも期待外れでしたし、こんな事なら名実ともに貴族だったうちにもっとやんちゃしておくべきでしたわ)
そんな気遣いとか無用だから馬車に縄付けて引きずってやった方がいい。それでも悦びそうなのが恐ろしいが。
その後も他愛のない会話を繰り返して、のんびりと馬車は街道を進んでいった。
◇◆◇◆
馬と馬車を預け、街へと降り立ったメルナスたち。相変わらず山賊コンビは逃げる様子もなく、大人しく従っていた。
僅かに逆襲を期待していたメルナスも完全に諦め、フェルの案内で騎士団の支部があるという通りを進み、衛兵が立つ門の前にまでやってきた。
「む、シスターが騎士団に何用ですか?」
「お勤めご苦労様ですわ。
銀の鎧に身を包んだ騎士は物腰こそ丁寧だが、その鎧のせいで威圧感を発している。普通の村人なら委縮してしまいそうだが、メルナスは慣れたもので気負った様子もなく視線で背後の二人組を指した。
「……からかうのはよしていただきたい。それに修道服に身を包んでおきながらそのような口調、貴族にも女神にも不敬と取られかねませんよ」
慣れ始めた村人たちと違い、村の外で修道服を着たシスターが貴族のような口調でそのようなことを言えば冗談だと思われて当然である。
「これは失敬。中々どうして直せませんの」
このまま怪しい奴だと捕らえられるのも面白いかも、などと同行しているフェルの迷惑も考えずに企むメルナスだったが、それを止めたのは山賊たちだった。
「冗談でも何でもなくオレたちは山賊よ。このシスターのお嬢様やそのお仲間に乱暴を働こうとした不届きものさ」
「オレたちが真面目な平民に見えるかい?」
二度とも出会ったのは森の中ではあるが、それを今更指摘するのも野暮なことだ。
騎士は仮面の下でじっと山賊を観察し、確かに悪人面だが拘束されてもいない悪人がわざわざ騎士団の支部までやってくるものか? と至極当然な疑問に翻弄されていた。
「……悪戯はやめていただきたい。本当に捕まえることも出来るのだぞ」
結局、
「あたしらは悪人をとっ捕まえて突き出しに来たんだ。平和に貢献したってのに随分な態度じゃねえか」
「こんな子供まで……やはり我々をからかっているのだな?」
そこに幼い子供と見紛う容姿のフェルまで割り込んでくれば、悪戯認定待ったなしである。そもそもこの二人に任せたのが間違いであった。
「子供扱いするんじゃねえよっ。あたしらはシスターで、こいつらはシスター長やガキどもを攫った悪人なんだっつの!」
「まだ言うか……これ以上は本当に冗談では済ませられなくなるぞ」
ついには鎧姿にお似合いの低い口調へと変わり、怪しい空気が門前に漂い始める。
ちなみにメルナスは面白い事になってきたと内心で小躍りしていた。どうしようもねえな。
「はぁ、お前じゃ話にならねえ。もっと偉い奴を呼んで来いよ」
昨晩、納得したとはいえ教会で一人留守番ののけ者となっていたフェルは鬱憤が溜まっていたのか、語気を強めた。
それとももしかしたら、引き渡しをさっさと終わらせて初めての街をメルナスに案内する気でいたのを邪魔されたのが気に食わなかったのかもしれない。
「落ち着いてください、シスターの姉御」
「そうですぜ。これで姉御たちまで捕まるなんてことになったら
「姉御って言うなっ。あたしまでお前らの仲間みてえだろうが!」
にわかに騒がしくなってきたことで通りを行く人々の視線も集まってきた。怪しいシスターと怪しい山賊、怪しい四人組が騎士団の前でもめているとなれば当然だ。
(これは牢に入れられて折檻尋問コースもありえますわね。……原作処刑回避したから無理だと諦めてましたがワンチャンありますわね!)
自分の性癖にフェルを巻き込む──普段から叩かれるように誘導して巻き込んでいるのだが──のは忍びないと事を荒立てるつもりはなかったが、フェルの方から騒ぎにしてしまったのだからこれは不可抗力。にやける顔を必死に押さえるメルナスだった。気付けフェル、このままではメルナスの思うつぼだぞ。
「──メルナス・クルストゥリア嬢?」
と、そんなメルナス一人勝ちの流れを断ち切る
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