教会ですわ!

 山賊たちと別れた後、メルナスは何のトラブルもなく目的地であるサバート村、その端にある教会へと到着していた。

 来るまでに眺めた村の様子はいたって平凡、平穏。メルナスがイメージする田舎そのもので、静かに暮らすにはちょうどいいと思える場所だった。

 最初に話を通してあるという領主の屋敷に挨拶に伺ったのだが生憎と留守であったため、日を改めることになったが些細な事だ。

 こうして眺める肝心の教会は木造の外観は若干傷んではいるが、公爵家で贅沢な暮らしを送ってきたメルナスからすればそれもまた趣深い。


(地下室に粗相をしたシスターの折檻部屋とかあるといいですわね)


 当然、教会にそんな無意味なデッドスペースはない。

 表でにこにことした柔和な笑顔を振りまきながら裏ではあくどい事に手を染めている神父もいない。清廉潔白な教会である。


「ごめんくださーい、ですわー」


 少し立てつけの悪い両開きの扉を開けば、ステンドグラスを通して日の光が鮮やかに降り注ぐ礼拝堂。

 そこで一人のシスターが静かに女神像へ祈りを捧げていた。


(おー、雰囲気出てますわねー)


 メルナスも神聖な空気と真摯な祈りを捧げるシスターに当てられたのか、口を噤んで静かに扉を閉め、シスターの祈りが終わるのを待つことにした。


「ああ、女神様……隣国の公爵家から受け取った多額の寄付金を全て持ち逃げして逃げたあの神父にどうか天罰をお与えください……」

「ズコー、ですわ!」


 あんまりな祈りの内容にメルナスは思わず古臭いリアクションを取って、キャリーケースごとごろごろと礼拝堂の中をスライドしていき、そのシスターの真横まで流れていった。


「あ、あら、参拝の方ですか? 申し訳ありませんが本日はちょっと都合が悪くて……」

「違いますわ! 今日から此処でシスターとしてお世話になるメルナスですわ!」

「シスターに? そんな話は聞いておりませんが……」

「でしょうね! 逃げた神父は知っていると思いますわ!」


 まさかメルナスに渡した手切れ金だけでなく、教会にまで寄付金を送っていたとは知らなかったメルナス。

 本当によく勘当と追放を決断出来たほどの甘やかしっぷりである。しかし、今回はその甘やかしが残念な結果を齎してしまったようだった。


「そうですか。あなたが寄付をしてくださった公爵家の……」

「ええ。メルナス・クルストゥリア……ではなく、ただのメルナスですわ」


 天罰を願っていたシスター、ミケに事情を説明したメルナス。

 今の自分にとっては恥としか思えない勘当、追放された経緯は省いたが、ミケは親身になって話を聞き、メルナスに同情の視線を向けた。


「事情があったとはいえ家族から捨てられ、一人隣の国に放り出されてさぞお辛かったでしょう。本当にお気の毒に……」

「むしろあなたの方が気の毒でなりませんわ……」


 聞けばミケもシスターとしての経験は浅く、半年前に見習いを卒業してこの教会に赴任してきたばかりなのだと言う。

 だというのに神父が金を持って逃げ出したなど、災難にもほどがある。


「女神フローレンス様は全ての民の平穏を願っております。身分の区別なく全ての民に施しを、それはこのエクィナス教会も同じです、ですが……あの神父様野郎が寄付金を持ち逃げしたせいでこのままでは施しを与えるどころかメルナス様を受け入れることすら……」

「様はいりませんわよ。それにこのわたくしが来たからにはもう心配はいりませんわ」


 ドンと胸を叩き、強く叩き過ぎてちょっとえずいて、メルナスはキャリーケースから布袋を取り出す。

 鈍器として十分に通用するずっしりとした重みは全て金貨の重みだ。


「こ、これは……?」

「追放されたわたくしを受け入れてくださった教会への寄付金ですわ。わたくしに内緒でお父様も寄付していたとは思いませんでした。もっともそちらは消えてしまいましたが、わたくしの分だけでも十分財政は潤うでしょう」

「こんなによろしいのですか……!? これだけあれば教会に身を寄せずともあなた一人で暮らしていけるはずです……!」


 二人は知らないことだが、布袋の中身は公爵家が寄付した金額よりもむしろ多い。

 シスターとして教会に身を寄せると話したメルナスが行き過ぎた清貧のひもじい生活を送るようなことがないようにと公爵は教会に寄付を送ったが、それはそれとしてもし心変わりしても不自由しないよう、娘の自由に出来る大金を持たせていたのだった。親馬鹿がすぎる。


「いいんですのよ。わたくし、これからの人生はシスターとして生きると決めてきたんですの」

「ああっ、ご自分の罪を悔いて神に残りの人生の全てを捧げようというのですね……! なんてご立派な!」

「ん、まあそんな感じでいいですわ」


 そんな親の過剰すぎる気遣いを山賊相手に無に帰そうとした馬鹿娘がメルナスである。悔いるべき罪が増えている。


「分かりました! 若輩ながらシスター長として、あなたを立派なシスターに育ててみせます! 今日から共に女神フローレンスへ信仰と祈りを捧げましょう!」

「ええ、よろしくお願いしますわ! シスターになって穢されるのもまた乙ですわ!」

「え?」

「なんでもねえですわ」


 被虐趣味、嗜好こそ薄々自覚しだしたようだが──それにしても自覚が遅すぎる──メルナスは未だ自分が目覚めてしまった真の性癖には気づいていない。

 平民となった今、元公爵令嬢などという肩書は時間と共に薄れていく。だがシスターならば。

 本能からか、公爵令嬢でなくなった自分が一体何になればその性癖を満足させられるのか、無意識が知っていた。

 神に仕えるに相応しくない下心満載の出家であった。


「一日でも早く立派なシスターになるため! ビシ! バシ! 鍛えてくださいまし! 炊事洗濯雑用奉仕! なんでもしますわー!」

「素晴らしい心がけです! ではまずさっそく!」

「はいですわ!」

「シスターになるのですからそのような煽情的な格好はおやめください」


 スカートから覗く網タイツと素肌の煽情的なコントラストを見せつけていたメルナスは、無言でスカートの裾を押さえた。

 滾っていない平時であれば羞恥心はまだ残っているらしかった。




 ◇◆◇◆




 幸先悪く人生詰むレベルの不幸に立て続けに見舞われたものの、それらをあっさりと回避したメルナスは晴れてシスター見習いとしてエクィナス教会に受け入れられた。

 その晩、寄付金でうはうはとなったことで細やかながらメルナスの歓迎会が行われることとなり、食堂には教会が預かる孤児たちとシスターミケ、そしてもう一人の先輩シスターであるフェル、全員が集合していた。


「えー、ごほんっ。今日から教会でお世話になるメルナスですわ! 至らぬ点も多いかと思いますが、どうかご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたしますわ! 子供たちもわたくしを本当のお姉さんだと思って仲良くしてくださいね!」


 教会が預かっているのは三人の子供たち。一人は親を早くに亡くし、残る二人は親から捨てられた。全員が天涯孤独の身の上。

 この教会に預けられるまでの荒んだ生活で警戒心が強く、ミケも心を開いてもらうまでに時間が掛かったと言っていた。すぐに受け入れられるとは思っていないが、努めてメルナスは笑顔で接することにした。


「神は私たちに試練をお与えになり、神父様が教会を去る事となってしまいました。ですが試練の後には幸いが来るもの。新たにシスターとして迎え入れる事となったメルナスさんを皆で歓迎しましょう!」


 財政難が解決してほくほく顔のミケは手を叩き、グラスを掲げて乾杯の音頭を取ると一気に呷る。ただの水だがまるでビールであるかのようないい飲みっぷりである。

 メルナスの事はさておいて、滅多に見る事のない豪華な食事(教会比)に目を輝かせる子供たち、それとは対照的に不機嫌そうな表情で食事をつつくシスターフェルにメルナスは改めて挨拶していた。


「シスターフェル、慣れない内はご迷惑をおかけいたしますが、どうぞよろしくお願いしますわ」

「ふん、元貴族のお嬢様にシスターが勤まるのかよ? 此処にはあんたをお着替えさせてくれるメイドもエスコートしてくれる王子様もいないんだぜ」

「おっ、いいですわねー」

「は?」


 フェルは何やらスレた所のあるシスターらしい。詮索はしなかったが、ミケの話では彼女も孤児たちと同じで幸福とは言えない幼少期を送っていたようだ。


「それより神父様がいないことの方が問題だと思いますわ……」


 反射的に漏れ出た妄言をなかったことにしてメルナスは会話を続けた。

 妄言を抜きにしてもあれだけの皮肉の後にそのまま会話を続けられる辺りメンタルが強靭である。


「はっ、頭お花畑の貴族様には嫌味も通じねえみたいだな」

「いえ、通じてますからその調子で続けてください。もっと痛烈なのがほしいですわ」

「お前頭大丈夫か?」


 信じられないものを見るような目で見られるメルナスだった。


「メルナスさんは自らの罪を悔いるあまり、自罰的な所があるようです。そのような態度はおやめなさいっ」


 これ以上の暴言は見逃せないとミケが割って入り、メルナスに聞こえないようにフェルに耳打ちして窘めるが、肝心のメルナスは頬を赤らめて次の言葉責めを待ちわびていた。本当にシスターとして受け入れて大丈夫か、金だけもらって放り出した方が良いんじゃないか?


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