旅路

 親はいない。


 そこらへんで今にも野垂れ死にそうな、汚いガキの俺を拾ってくれたじいさんは、旅の途中ではやり病に遭いぽっくり逝っちまった。


 一カ所にとどまることなく渡り歩いていたじいさんと、それこそ物心つく前からずっと一緒だった俺は、じいさんが死んでできることと言えば旅をして生き延びることだけだった。


 じいさんは、眠る前、焚火の前だったり、宿の同じ布団の中だったり、俺に毎晩言い聞かせた。


「ずっと同じ場所に居続けるってことは、それだけ、新しいモノに出会う機会を、消しちまってるってことなのさ。嗚呼、勿体ねえ。俺は一分一秒でも、新たな出会いに触れたいのさ。だがな、小僧。新しいモノに出会えなくてもいいから、心からその人と一緒に生きたい、その町で生涯を終えたいと思えたら、その時を逃してはいけないのさ」


 前に一度だけ、じいさんに聞いたことがある。


「じいさんは、それに出会ったことがあるの?」


 じいさんは懐かしそうに目を細めて、低く吐息を漏らすように、「一遍だけな」と呟いた。


「だが、気付いたときには遅かったなあ。町も、人も、みいんな、焼け死んじまったよ」


 他人事のようにそんな話をしてくれたが、いつも穏やかなじいさんの言葉が、その瞬間だけ寂しげにかすれたのを、今でもよく覚えてる。


 だから俺は旅しているのだろうか。そして恋焦がれているのだろうか。

 新しいモノに出会って触れる感動を超えた、ずっと一緒にいたいと思える誰かや何かに出会うそのときを。

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