きよしこの夜

第1話

 クリスマスソングがあちこちで聞こえ始める年の瀬。普段は閑散としている御影町商店街もクリスマスツリーやオーナメント、イルミネーションに彩られて、ささやかな賑わいを取り戻す。車が無ければ生活しづらいこの地方都市では、古くからある駅前の商店街は数年前に郊外にできた大型ショッピングモールに客を取られて苦戦している。

 木島真里は、従兄の火鳥遙を連れて商店街の人気洋菓子店スイートショパンに向かっていた。ケーキやチキンを買ってクリスマスパーティをしよう、という真里の発案だ。


「お前はクリスマスに一緒に過ごす彼氏もいないのか」

 火鳥は隣で浮かれている真里をチラリと横目で見やる。

「なによ、遙兄だってつきあってくれるってことは彼女いないってことでしょ」

 真里は唇を尖らせてやり返す。

「仕事柄出会いがないんだよ。悪いな」

 火鳥はつまらなそうにそっぽを向く。背もそこそこ高い方だし、顔も悪くない。眼鏡を変えればオタクじゃなくてインテリに見えそうだ。スペックは悪くないと思うが、どうも変人なのだ。

「惜しいんだよね、遙兄」

 真里は火鳥の顔をまじまじと見つめる。


「だいだい、キリスト教徒でもないのに、国民的行事として定着したクリスマスなんて邪道なんだよ」

「はいはい」

 真里は火鳥の皮肉を右から左に聞き流す。そういえば、兄の智也もこの後事務所で合流する予定だが、彼女がいない智也はクリスマスなんて滅べば良いと言っていた。

 スイートショパンの狭い店内は人でごった返している。家族連れやカップルが真剣な目でケーキを物色していた。真里はいちごがたくさん乗ったスタンダードなホールケーキを選んだ。

「クリスマスは忙殺されて、ケーキ屋も凝ったものは作れないんだな」

「もう、そういうことばかり言わないの」

 真里が火鳥を肘でつつく。文句を言いながらも火鳥が代金を支払った。


「ありがとう、遙兄。楽しいパーティができるね」

 ケーキを手にした真里は嬉しそうだ。

「お、あそこにもクリスマスに似合わない残念な奴がいるぞ」

 火鳥が指さす先には黒のファー付きロングコートに黒のスーツ、赤い柄シャツを着た水瀬博史が舎弟を連れて歩いてくる。ポケットに手を突っ込んで肩で風切る姿に、周囲の人間は関わり合いになるまいと距離を取る。

「おい、誰を指さしてんだ」

 水瀬はあからさまに機嫌が悪そうだ。眉根を寄せて火鳥を睨み付ける。


「ったく、年末の債権回収に回ってんだが全然取り返せねえ。年が越せないぜ」

 水瀬は組の仕事で借金の取り立てに回っているようだ。このまま帰れば、若頭の八木に張り倒されるのは間違いないと頭を抱えている。

「ねえ、ヒロシも一緒にクリスマスパーティしようよ」

 真里が水瀬のコートを引っ張る。

「あぁ、クリスマスパーティだと」

 水瀬は首を傾げる。

「仕方ねえな、付き合ってやるか」

「じゃあ、火鳥探偵社に行きましょ」

「あの事務所でやんのか」

「何よ、いいじゃない」

 ハァ、とため息をついて、水瀬も事務所へ向かうことにした。舎弟の白ジャージと黒ジャージも一緒に連れて行くことになった。


 中華料理店の香辛料の匂いが漂う雑居ビルの階段を登る。二階が金にがめつい女占い師の店、三階に火鳥探偵社の事務所がある。気配を感じ取ったのか、階段の踊り場に黒猫のルナがやってきた。火鳥が事務所の鍵を開けると、ルナは一番に入り込み、ソファのクッションの上で丸くなる。

 応接セットのテーブルにケーキとチキンを並べる。大きなチキンの丸焼きはパーティの参加費とばかり、ここに来る途中に真里にねだられて水瀬が金を出した。


「お待たせ、ピザ屋も大繁盛で待たされたよ」

 智也がテイクアウトしたピザと飲み物を持ってやってきた。スパイシーソーセージのトマトソースと、サーモンとクリームチーズのジェノベーゼを並べる。雑多な感じは否めないが、豪華なクリスマスの食卓が出来上がった。


「メリークリスマス」

 真里のかけ声で乾杯する。

「なんだこれ、ノンアルかよ」

 グラスに注いだシャンパンがアルコール抜きだったことに水瀬は落胆する。

「ヒロシは仕事途中でしょ」

「もう今日は上がりだ」

 水瀬はシャンパンを飲み干して、ジェノベーゼに手をつける。


「最後に寄った町工場で、子供にクリスマスケーキを買ってやる金も無いって泣かれて、兄貴は財布から取り出した1万円を置いて帰ったんですよ」

 黒ジャージが涙を啜る。水瀬が不機嫌なのは、そういう訳だったのだ。

「余計なこと言うんじゃねえ」

 水瀬が黒ジャージの頭を小突いた。

「ヒロシ、良い奴じゃん」

「人情がありますね」

 真里と智也も感動している。

「借金取りに向いてないぞ、お前」

 歯に衣着せぬ火鳥の言葉に水瀬はチッと舌打ちする。


 切り分けたチキンも骨だけになり、スイートショパンのケーキは火鳥の淹れたドリップコーヒーと共に食べる。

「クリスマス気分を満喫できた、楽しかったぁ」

 真里はコーヒーを飲みながら満足そうだ。不意に、ルナが顔を上げて入り口を見つめている。少しして、階段を上る足音が聞こえてきた。事務所のドアに人影が映り込み、ノックの音が二回。

「ここに客が来るなんて珍しいな」

「お前が言うなよ」

 水瀬を一瞥して、火鳥は立ち上がる。ドアを開けると、上品なコートに身を包んだ男女が立っていた。

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