第2話

「これは一体・・・」

 深夜の救急センターで救急搬送された竹田穂乃香を診察した医師は、その光景が信じられなかった。腹部CTを撮影すると、胃の中に異物が詰まっている。胃カメラも食道から先で何かに遮られて通らない。カメラにはぬらぬらと光る白い異物が映り込んでいた。

 穂乃香の両親が嘔吐物にきのこが混じっていた、としきりに訴えていた。まさか、これがすべてきのこなのか。


「信じられない、胃の中できのこが育っている」

 若い医師はベテランの上級医に指示を仰いだ。上級医もこんな症状は見たことがなく、首を傾げるばかりだ。

「何を食べたらこんなことになるんだ」

 その場にいた医療者は不気味なきのこに戦慄した。とりあえず、胃の中を洗浄し、除菌を施した。穂乃香はそのまま緊急入院となった。


「胃にひどい潰瘍ができています」

 穂乃香の両親はそのように説明を受けた。夕食にきのこは入っていなかったはずだ。2人は本当の原因を知りたくて食い下がったが、明日から検査をしますから、と話は打ち切られた。

「こんなことは初めてだ」

 病院勤め20年のベテラン医師も夜中に搬送される珍妙な患者を数多く見てきたが、初めての経験だと青ざめた。


***


「穂乃香、来てないね」

「ラインも連絡がつかないんだよ」

「入院したらしいよ、それってまさか」

 そんな話題が教室で飛び交っていた。竹田穂乃香が占い師に出会い、ホワイトマジックを手に入れたことは噂されていた。

穂乃香がダイエットに成功するのを見ていたクラスの女子は羨ましがった。そのやっかみもあってか、ホワイトマジックはやっぱり危険ドラッグで、そのせいで穂乃香に何かあったのではないかと憶測が飛ぶ。


「どうしよう、真里。私も最近お腹が張るんだよ」

 休み時間、青白い顔をした大久保あかりが真里に声をかけてきた。ホワイトマジックを手に入れて楽にダイエットが出来たと喜んでいたが、最近体調が優れないようだ。

「あかり、あの薬飲むのやめな。絶対怪しいよ」

 真里は何度か忠告したが、あかりはこっそりと続けて飲んでいたのだ。

「うん、もうやめようと思う」

 穂乃香の噂もあり、あかりは今度こそ決心したようだ。


「本当に止めようと思ってるなら、それちょうだい」

「えっ」

「やだ、私は飲まないよ、ちょっと調べてもらおうと思って。持ってたら飲みたくなっちゃうじゃない」

 真里の言葉にあかりはポケットからラベルのない茶色の瓶を取り出した。占い師からもらったホワイトマジック。中の白い錠剤はまだ半分以上は残っている。飲み始めて1週間、効果はてきめんだったので名残惜しくはある。

「わかった、お願い」

 あかりは真里にホワイトマジックを手渡した。


***


「これがホワイトマジックか、調べてみよう」

 学校帰りに真里は火鳥探偵社に立ち寄った。火鳥にあかりから受け取ったホワイトマジックを手渡す。そして、ホワイトマジックを毎日飲み続けて入院したクラスの女子の話をした。

「何にせよ、楽してダイエットなんて幻想だよ。食べたものは身につくもんだ」

 火鳥は紅茶に口をつける。火鳥はコーヒー派だが、真里がやってくるときは彼女の好きな紅茶を淹れるようにしていた。真里は手を止めて、かじりかけたアップルパイをじっと見つめる。

「もう、遙兄の意地悪」

 真里は火鳥をちらりと睨んで、アップルパイにかじりついた。


 階段を駆け上がる力強い足音、事務所のドアが乱暴にノックされる。

「水瀬か、あいつ本当に暇だな」

 火鳥は呆れている。

「おい、聞こえてるぞ」

 水瀬はドカドカと事務所に入り、ソファの定位置に大股開きで腰を下ろす。

「やだ、タバコ臭いよ」

 水瀬のスーツからタバコの匂いが漂ってきて、真里は顔をしかめる。気を利かして外で吸ってきたのだろうが、匂いはまだ染みついている。


「悪いな真里ちゃん。お、今日はアップルパイか」

 水瀬はテーブルの上の切り分けたアップルパイを見つけ、勝手に戸棚からマグカップを取ってきてポットの紅茶を注いだ。素手で一切れつまんで口に放り込む。

「お前、何しにきたんだ」

 火鳥が眉根を寄せて文句を言う。ここは喫茶店じゃない。

「今日は情報を持って来たんだよ」

 水瀬の言葉に、火鳥と真里が注目する。水瀬はもったいぶってニヤニヤしている。


「俺の舎弟が占い師を見たってさ」

「なんだって」「それ本当」

 火鳥と真里は同時に叫ぶ。

「駅前の高架下にバアサンがいて、制服を着た女の子が相談してたってよ」

 道ばたの胡散臭い占い師に若い子が相談する姿が珍しくて、覚えていたのだという。

「それだけじゃ何も分からないな」

 火鳥は縁なし眼鏡をクイと持ち上げる。

「でも、占い師は女性だって聞いたわ」


「で、見たのはいつだ」

「一ヶ月前くらいかな、あいつが駅前のパチンコ店で大勝ちしたって喜んでた日だ」

 水瀬は腕組をして自信満々だ。舎弟というのは白ジャージのことらしい。

「一ヶ月前って・・・バカかお前。アップルパイ返せ」

 火鳥が冷ややかな目で水瀬を睨む。

「あ、でも占い師が現われるのはサイクルがあるみたい。確か月の終わり頃よ」

 真里が占い師の噂話を思い出す。


「水瀬、白ジャージがパチンコで勝ったのはいつだ」

 火鳥の目が鋭く光る。

「ああ、その後焼き肉をおごらせたんだよな。あれは確か肉の日・・・29日だ」

「肉の日・・・それだけじゃ全く意味ががわからんな」

 火鳥は真剣な表情で呟く。何か閃いたのかと思いきや、糸口も掴めていないようだ。真里と水瀬は拍子抜けした。

「もっと情報が欲しいな。そろそろ月末が近い。占い師を捕まえてホワイトマジックが何か聞き出そう。それに動機もだ」

「学校でも情報を集めてみる。これ以上被害者が出るのは許せない」

 真里は膝に置いた拳を握りしめた。

 

 ***


 ホワイトマジックを飲むとお腹の中でキノコが生える、学校でそんな噂がまことしやかに囁かれ始めた。穂乃香の他にも突然入院をした生徒がいるらしく、だんだんと情報が漏れ始めたようだ。

 真里は学校で耳にした情報をラインで火鳥に送った。占い師の出現パターン、それにキノコの噂。それから3日ほどして真里は火鳥探偵社を訪ねた。


「遙兄、これ何」

 火鳥が発泡スチロールのトレイにスポンジを置いて何かを育てている。近づいてみれば、それは白いキノコだった。

「ふうん、キノコを育ててるの・・・えっ、きのこ?」

 真里は何か勘づいたようだ。怪訝な表情で火鳥の顔を見つめる。

「そうだよ、あのホワイトマジックを砕いてここに撒いたら生えてきた」

「いやだ・・・気持ち悪い」

 真里は慌ててきのこから離れる。

「きのこは噛んだりしないぞ」

 火鳥は面白そうに笑っている。


「このスポンジは酸性の洗剤を染みこませている。結構強いやつだ。それにもやられずにこんなに育っている」

 真里は火鳥の言葉の意味が分からない。

「胃は胃酸という強力な酸で満たされている。胃に入った食べ物は普通胃酸により分解されるが、このきのこは酸に強い」

「てことは、胃の中できのこが育ってしまうってこと」

 真里は鳥肌が立つのを感じた。思わず身震いする。


「そう、ホワイトマジックにはこの特殊なきのこの菌糸が入っているのだろう。そして、胃の中で育ったきのこは栄養を吸収してしまう」

「それで太らないというわけ」

「そうだ。しかし、調子に乗ってきのこに“栄養”を与えすぎれば、きのこはぐんぐん育つ」

「なんでこんな恐ろしいものを・・・」

 真里は青ざめる。占い師はホワイトマジックの成分を知っているはずだ。こうなることは目に見えている。

「それは占い師を見つけて聞き出すしかないな」

 火鳥は街の地図をテーブルに広げた。

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