第3話
2階に店を構えるがめつい女占い師は、帰り際に名刺を押しつけてきた。名前は金村琴乃とある。水晶やダウジングといったグッズを使ってそれらしく見せているが、おそらく彼女も第六感が鋭いタイプではないかと火鳥は睨んでいる。なんだかんだと2万も持って行かれた水瀬は気の毒だが、そもそも呪われたダイヤを持ってくる方が悪い。
火鳥と水瀬は、占い師の金村がダウジングのふりをして探し当てた場所に向かっていた。
「クソ、なんで俺がこんなことまで」
水瀬がハンドルを握りながら文句を言う。車は中古のBMWだ。兄貴分より良い車に乗るな、というのが組の方針だ。アホらしい、と水瀬は思う。八木は外車を買う甲斐性はないのでクラウンに乗っているのだ。
助手席には火鳥が腕組をしてふんぞり返って座っている。
「香水とタバコの匂い、どっちかにしてくれ。酔いそうだ」
火鳥は不機嫌な顔で窓を開ける。
「連れて行ってもらって、態度でかすぎるぞお前」
「別に俺は行かなくてもいいんだぞ」
火鳥の殺し文句に、水瀬は黙ってタバコの灰を窓から落とした。
「持ち主に不幸を呼ぶ宝石というのはよくある話だ。有名なのはホープダイヤモンド。九世紀にインドの川で農夫が発見した。その美しい青いダイヤは数多の持ち主の手に渡るが、そのすべてに不幸が訪れている」
火鳥の説明に、水瀬は息を呑む。
「行方不明、自殺、破産、離婚に狂死となかなか激しい呪いのようだ。犬にかみ殺された者もいる。最後は個人の手ではなく、アメリカのスミソニアン博物館に寄贈されたという」
「いよいよ、おっかねえ。早く手放したいぜ」
水瀬はハンドルを握る手に力を込めた。
金村が示したのは隣町にある古い日本家屋だった。空き地にBMWを停め、屋敷の前に立つ。この辺りの地主の家だろうか、広い庭に家も立派なつくりだ。周囲は土塀に囲まれている。
いつの間にか空はどんよりと曇り、夕方前だというのに日没後のように暗い。柵には売り家の看板が掛けてあるが、随分と日焼けしてほとんど文字は読めない状態だった。
火鳥は柵を押してみる。錠前がかけられており、開きそうにない。家の裏手に勝手口を見つけた。勝手口の木の扉も施錠してある。
火鳥が思い切り扉を足で蹴った。扉はびくともしない。
「駄目だな、塀を乗り越えるか」
ずれた縁なし眼鏡の位置を直しながら、火鳥が呟く。水瀬はポケットに手を突っ込んだまま、扉を蹴破った。意外にあっさり開いたので拍子抜けする。
「お前の馬鹿力は頼りになるな」
火鳥の爽やかな笑顔にパンチを食らわせてやりたいところだが、ここでダウンされたら自分だけでは怖すぎるのでグッと堪えた。
「お前が非力すぎるんだろ」
せめてもの反抗で悪態をつくが、火鳥は全く気にせず、敷地内へ入っていく。
住む者のいない屋敷はひどく荒れ果てていた。屋根は一部が崩壊し、縁側がずいぶんと斜めに傾いている。かつては美しい日本庭園だった庭は池の水は抜かれ、落ち葉が堆積していた。立派な松も立ち枯れている。
「暗い穴に、冷たい水」
火鳥の言葉に水瀬は首をかしげる。
「池には水はないぜ」
「暗い穴だ、この家はかなり古い。きっと、井戸だな」
火鳥は庭を横切って歩いて行く。
「い、井戸かよ・・・勘弁してくれ」
水瀬は額に手を当てて天を仰いだ。
敷地内をずいぶん歩き回ったが、井戸はどこにも見当たらなかった。遠く、ごろごろと雷鳴が聞こえてきた。
「井戸なんか無いぞ」
水瀬はくたびれて、その場にしゃがみ込む。タバコに火を点けようとして、ジッポを落とした。
「どうした?」
「あ、あれ」
水瀬の指さす先、縁の下に石の塊が見えた。円柱のような形をしている。
「井戸は屋敷の中だったのか、しかも井戸の上に建て増ししている。よほど都合の悪いことでもあったんだろう」
火鳥はニヤリと笑う。雨戸をこじあけ、石でガラス戸を割った。腕を入れて鍵を開ける。
「お前、手慣れてるな・・・」
背後で水瀬が呆れている。
「まあな、探偵ってやつはギリギリラインでやってるからな」
どこがギリギリだ、アウトだろうが。水瀬は改めてタバコに火を点けた。
不法侵入したその部屋は床の間だった。埃かぶった床の畳は腐って異臭を放っている。この下が井戸なのだ、湿気が半端ないのだろう。
「畳を剥がしてみよう」
「マジか・・・」
水瀬は泣きそうになっている。しかし、ここまで来て帰るわけにもいかず、火鳥とともに畳を引っぺがしていく。
畳の下は地面で、部屋の中心に井戸が現れた。石を投げてみると、少ししてポチャンと波紋が広がるのが見えた。さほど深くはなさそうだ。
雷鳴が轟き、水瀬はびくっと肩を竦める。
「お前のポケットから煙り出てるぞ」
火鳥に言われて見れば、ポケットから黒いもやが立ち上っている。水瀬は驚いてダイヤの指輪が入った箱を放り出した。もやはだんだん人の形を成してきた。
髪を後ろに一つ括りにしたエプロン姿の女性だ。もう一人の人影が浮かび上がる。探偵社で見たときよりも鮮明だ。かつてここに彼女がいたのだろう。
「この泥棒猫!」
着物姿の中年女性がエプロンの女性を強い口調で責めている。エプロンの女性は女中といった雰囲気だ。着物姿の女性はここの奥さんなのだろう。
「お前は家宝の指輪を盗んだ、それだけでなく私の主人まで、許せない」
奥さんはヒステリックに喚く。女中は肩身を狭くして怯えている。奥さんが女中の首を絞める。
「お前なんか殺してやる」
鬼のような奥さんの形相に、男2人はさすがに怯えた。
そこで寸劇は終わった。
「奥さんに殺された女中が大方ここに捨てられたのだろう」
火鳥が井戸を覗き込む。そこに蠢くものがった。黒い塊が水の中から這い上がってくる。
「な、なんだあれ」
水瀬が叫ぶ。恐怖に声が裏返っている。
「お、これは相当ヤバいな。凄まじい怨念を感じる」
火鳥は畳をかぶせようとする。
「いや、お前臭いものにフタが通用するのかよ」
それは石壁に手を突っ張りながらだんだん出口に近づいてくる。髪を振り乱した女だ。見開かれた目は裏返って白目を剥いていた。
「あれだ」
火鳥は畳の上に放り投げられたブルーダイヤの指輪を拾い上げた。それを躊躇無く井戸に放り投げる。女は指輪に手を伸ばし、そのまま井戸の底へ落ちていった。
「今だ、逃げるぞ」
火鳥が畳を井戸の上に投げる。水瀬とともに屋敷を飛び出した。直後、床の間は轟音を立てて崩れ去り、井戸は見えなくなってしまった。
「人間の情念というのは恐ろしい。死してなおダイヤの指輪に執着するのか」
埃に汚れた顔で火鳥が呟く。水瀬はタバコに火を点けた。
「井戸の女、奥さんだったんだよ。隣の部屋に飾ってある写真を見たんだが、女中が亭主と一緒に写っていた。浮気の果てに、都合が悪くなった奥さんを2人が共謀して殺して井戸に投げ込んだのかもしれないな」
水瀬は身震いする。
「ある意味、呪いのダイヤだったのかもな」
「今頃、地獄で取り合いをしているさ」
火鳥は小さく笑う。雨が降り始めた。2人は慌てて車に乗り込んだ。
「ところで、ブルーダイヤは無くなったわけだが」
BMWのエンジンをかけた水瀬は眉根を寄せる。
「呪いから解放されて良かったな」
火鳥がにっこりと笑う。
「良くねえよ、俺の2万円。ダイヤも売れないならただの骨折り損じゃねえか」
ふつふつと怒りが湧いてきた。
「俺もこの件に関しては何も得はないんだぞ」
火鳥の言葉にまあそうか、と納得した水瀬は大人しく車を発進させた。
後日、火鳥の怪談ブログはこれまでにないアクセス数を記録した。日本版呪いのブルーダイヤ、その顛末がリアリティに富んでおりネット上でウケているようだ。おかげでブログの広告収入が見込めそうだ。
新しいバリスタでも買おうか、と火鳥はほくそ笑んだ。そして、ブルーダイヤの概要をレポートにまとめ、Kファイルに綴じ込んだ。
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