第2話

 火鳥は水瀬と連れだって、探偵社の入る雑居ビルの2本向こうの通りにある商店街へ向かった。この商店街は昭和初期からの老舗が多い。店を営む人たちも高齢化しており、シャッター通りになりつつあった。それでも休日には土曜市やフリーマーケットを開催し、地元の人たちでそれなりには賑わっている。


 火鳥は鷹取宝飾と書かれたレトロなフォントの看板の宝石店に入っていく。水瀬も面倒くさそうに続く。煤けたショウケースに時計や貴金属が並んでいる。ここで買ったものが本物という保証があるのだろうか。ヤクザは見栄えだ、と将星会本部の若頭に言われたことがある。本部の若頭は八木のような半チンピラではない、本物の男という貫禄が漂っていた。その言葉に感銘を受け、水瀬はスーツや時計にはきちんと金をかけるようにしている。


「これを鑑定してほしい」

 火鳥は小さな箱をショーケースの上に置いた。丸眼鏡をかけた初老の店長が箱を開ける。黒いもやが立ち上るのが見えて、水瀬は店の端に避難した。店長にはそれが見えないようだ。

「ほう、これは見事なブルーダイヤやな」

 店長は白い手袋を嵌めて青い石がついた指輪を取り上げ、まじまじと見つめる。大きなブルーダイヤの脇に小ぶりのダイヤモンドが並ぶ華やかなデザインだ。

「50万てとこか」

 店長の言葉に、火鳥が身を乗り出す。


「元値が、だ」

 店長の言葉に火鳥は椅子に身を投げた。

「買い取りするなら10万か、頑張って12万かの」

「随分値が落ちるな」

「こういう派手なデザインは客を選ぶからな、一度石を取り外して流行のデザインにリフォームする必要がある」

 そういうものなのか、と火鳥はぼやく。

「そう言えば、駅前の骨董屋のおやじから聞いたことがあるな。美しいブルーダイヤの指輪を店頭に置いていたが、買い手がつくもののすぐに戻ってくるんだと」

 店長は火鳥を横目で見る。火鳥は素知らぬ顔をしている。


「宝石というものは、人の情念が移りやすいものだ。そういう石があると、他の石にも影響がある」

「12万でいい」

 火鳥の言葉に、店長は箱に指輪を戻し、そっと突き返した。

「なんだよ、買い取りしてくれないのかよ」

 その様子を見ていた水瀬が横から口を出す。

「余所へ行ってもらえないか。余所でも10万程度の鑑定にはなるだろう。うちではこれは引き取れない」

 店長はかたくなだった。怪しげなもやが見えないにしても、長年の経験から験を担ぐのだろう。火鳥はおとなしく店を出た。


「この辺りの宝飾店は繋がりがあるからな、このブルーダイヤの話は噂になっているだろう。おそらく、買い取りをしてくれるところは無い」

 2人はため息をついた。事務所に戻るため、雑居ビルの階段を登っていると、2階のドアが開いた。オリエンタルなデザインのチュニックを纏った女占い師と目があった。女占い師は火鳥を見つめていたが、すぐにドアを閉めた。

「変な女だな」

 火鳥が怪訝な表情を浮かべる。しかし、何かを思いついたようにドアを開けた。初めて足を踏み入れる占い屋の店内は薄暗く、エキゾチックなお香の匂いが漂っている。入ってすぐのカウンターにはタロットカードや水晶など、オカルトグッズがところ狭しと並んでいた。


「どうする気だよ」

 水瀬はこの店に一度暇つぶしに入ったことがある。前世占いとやらで“古代の神官”と言われた。占いなんて眉唾だと思っている。

「占いは1回3,000円だな、この指輪の持ち主を占ってもらおう」

 火鳥の突拍子もない考えに水瀬はなるほど、と頷く。店の奥に引っ込んだ女占い師を呼ぶ。

「占いを頼む」

 女占い師は目を細める。


「あなたはの持っているものに、とても深い怨念を感じる」

 女占い師は火鳥のポケットを指さす。火鳥が指輪の箱を取り出すと、占い師はオーバーアクションに飛び退いてみせた。

「女の怨念だ、恐ろしい。それを持って帰りなさい」

 占い師は首を振る。

「これを占って欲しい。これにどんな過去があるのか」

 火鳥は箱を差し出す。占い師は顔を背ける。

「おい、やっぱりそれ本当にヤバいんじゃないか、もう川にでも投げ捨てようぜ」

 水瀬が怯えている。


「それは駄目です。そんなことをすれば、呪いが最後の持ち主に降りかかりますよ」

 占い師は火鳥を指さして声を荒げた。いちいちオーバーアクションだ。火鳥は指輪の箱を水瀬に手渡した。

「え・・・?え?お前一体何を・・・」

水瀬が箱と火鳥の顔を見比べている。火鳥は平然とした顔で微笑んでいる。

「お前が最後の持ち主だ」

「何だと」

 水瀬が慌てて箱を突き返す。火鳥はそれをひらりと避けてかわす。

「お前、信じられねえ、この悪魔が」

 水瀬が叫ぶ。


「落ち着きなさい。では、特別に1万円で占ってあげましょう」

 占い師の声に、水瀬が振り向く。

「お、おう頼むぜ」

「では、こちらへ」

 占い師は紫色のカーテンで仕切られた奥の部屋に2人を誘導した。


 厚手のカーテンの引かれた部屋は日の光が遮断されている。占い師は蝋燭に火を灯す。フードを脱いだ顔は30代前半だろうか、細い眉に奥二重に切れ長の瞳、高い鼻筋、厚みのある唇。美人といっていい。

 棚には擦り切れた厚い背表紙の本がずらりと並んでいる。骸骨や土偶などガラクタがその隙間を埋める。とにかく悪趣味だ。

「では、占ってほしいものをこちらへ」

 紫と赤の幾何学模様の布を敷いたテーブルの上に指輪を置いた。占い師は恭しく水晶を取り出す。


「本格的だな」

 水瀬はすっかり雰囲気に呑まれている。火鳥は腕組をしながら占い師の挙動を冷静に見つめている。占い師は水晶に手をかざし、何やらぶつぶつと呟いている。

「ほあっ」

 突然の奇声に水瀬がビクッと身体を震わせる。占い師は汗をかいてもいないのに、額を拭う素振りを見せた。そして、火鳥と水瀬を交互に見つめる。


「この指輪の元の持ち主は死んでいる」

 低い声で占い師が話し始める。

「それで」

 火鳥は先を促す。

「持ち主は殺害された。暗い穴が見える。冷たい水がある」

 占い師の言葉に、水瀬はマジかよ、という顔で怯えている。

 

「怨念を解き放てば、指輪は浄化される」

「その暗い穴はどこにある」

 占い師は黙り込む。

「追加料金1万円」

「は?」

 火鳥と水瀬は同時に叫んだ。


「お前、がめついな」

 水瀬が呆れて目を丸くする。

「ここから先はダウジングになるので、別料金です」

 占い師はもっともらしく言い、ダウジング用のペンダントを取り出した。チェーンの先に水晶が取り付けられている。

「呪われてもいいんですか。痛いですよ、尿道結石」

 その言葉に水瀬は凍り付く。もともと指輪を持っていた若頭の八木は、最後は尿道結石で苦しんでいた。

「た、頼む」

 水瀬は渋々財布を取り出し、1万円札を机に投げた。

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