第3話

「これは妖刀村雨かもしれない」

 木島智也が刀を手にして目を輝かせている。大学の午後の授業が休講になったので、ふらりと火鳥探偵社に立ち寄ったのだ。民俗学を専攻し、オカルトにも詳しい智也は早速見つけた刀に興味津々だ。もやしラーメンで腹がふくれた水瀬はソファにどっかり座り、胡散臭そうな目で智也を見ている。火鳥がコーヒーをテーブルに置く。


「なんだ、妖刀村雨とは」

 火鳥は智也に訪ねる。

「江戸末期、この地方を治めていた大名の城で謀反が起きた。外敵と結んだ老中の主導だったんだ。周囲は敵に囲まれ、燃え落ちる天守で若君を守ろうと奮闘した武士がいた。その名は九条直春」

 結局、九条は若君を守る事ができず、斬り殺されたという。その九条直春が持っていた刀が村雨。かつては名だたる豪傑で、その刀は多くの敵将の血を吸ってきたという。首を跳ねた血が雨のように降り注いだことから“村雨”と名付けられた、と智也は続けた。


 水瀬がドン引きしている。血がしみ出すわ、煙は出るわ、さらにそんな曰く付きの刀とくれば絶対に関わりたく無い。組長の気まぐれな買い物がことの発端だった。この間の白い壷といい、金の使い道をどうにも間違っているとしか思えない。


「城跡は意外とここの近くにあるんだよ、資料館もあるんじゃないかな」

 智也の言葉に火鳥は立ち上がった。村雨をケースにしまい、肩にかける。

「行くぞ」

「は?」

 見下ろす火鳥に、水瀬はコーヒーカップを持ったまま何で俺が、という顔をしている。

「一緒に行かないのなら、この刀はお前のところの組長に返す」

 火鳥の脅し文句に水瀬は折れた。


 最寄り駅から2駅、そこから住宅街を抜け、川沿いに歩いて20分のところに城跡はあった。こじんまりした堀と城門跡、天守の姿は無く、基礎だけが残されている。特に観光地として整備されているでもなく、地元に昔からある遺跡といった地味な雰囲気だ。

「看板があるな」

 水瀬が看板の前に立つ。古びた看板には智也が話していた若君の最期と九条直春について説明されていた。

「これ以上の情報はないのか」

 火鳥が周囲を見渡すと、堀の脇に公民館を兼ねた資料館があった。智也が覗きに行ったが、施錠されていた。

「やる気がねえな」

 水瀬が文句を言う。


 不意に、火鳥が背中に背負ったケースが振動し始めた。火鳥は村雨を取り出す。

「なんだ、おっかねえな」

 逃げようとする水瀬に火鳥は村雨を放り投げた。

「うおっ、てめえ何しやがる」

 反射で水瀬はそれをキャッチする。村雨を手にした瞬間、水瀬の目つきが変わった。そのまま刀を手に城跡の向こうへ歩いて行く。そこには小さな社があり、10代後半と見える顔立ちの整った青年と、カメラやマイクなどの機材を持ったスタッフがいた。


「なんだお前」

 刀を手にした長身のコートの男にスタッフは驚いて声を上げる。水瀬は青年の前に立ち、膝をついた。青年は驚いて水瀬を見つめている。

「若、今度こそお守りいたします」

 水瀬は青年に恭しく頭を垂れる。

「何やってるんだ、あいつ」

「何かに取り憑かれたみたいだ」

 水瀬に追いついた火鳥と智也は顔を見合わせる。青年は困惑していたが、水瀬の肩にそっと手を置いた。


「九条、お前の働きには感謝している。私はもう大丈夫だ」

 穏やかなその言葉に、水瀬は顔を上げた。目から涙が流れている。周囲のスタッフもその様子を驚いて見守っている。水瀬が村雨を手放した。

「なんだ、俺は一体・・・」

 水瀬は我に返って周囲を見渡す。

「あ、俳優の若林悠翔だ」

 智也が目の前の青年の顔を見て驚く。

「この城の城主も若林だった。彼は若君の血縁なのかもしれないな」

 九条の怨念がこれで晴れたのか、火鳥は村雨を拾い上げようとする。それを横からかっさらうものがいた。


「若林の血縁、根絶やしにしてやる」

 スタッフの一人、初老の男が村雨を抜いた。その刃紋には血がにじみ出し、黒いもやが立ち上る。

「村雨に取り憑いていたのは九条だけじゃなかったのか」

 火鳥は唇を噛む。もやは着物を着た老人の姿を成す。きっと、謀反を起こした老中だ。

「若林君が危ない!」

 スタッフが叫ぶ。しかし、村雨を構えた男においそれと近づく事ができない。若林にじりじりと歩み寄る男は村雨を振りかぶる。

「殿中じゃ、オラっ」

 水瀬が投げ捨てられた鞘で、男の頭を背後から力一杯殴った。男は白目を剥いて倒れる。周囲のスタッフが男を取り押さえる。火鳥が村雨を拾い上げると、血の跡は嘘のように消えていた。


後日。

「えー悠翔くんに会いたかったなあ」

 火鳥探偵社のソファに座る真里が悔しそうに唇を突き出している。あの時、俳優とそのスタッフたちが2時間枠の大河ドラマの撮影のため、実際の城跡に訪れていたらしい。

「村雨に憑いていたものはあっさり消えたようだ」

 火鳥はテーブルにワッフルを並べた。商店街の洋菓子店のものだ。ふわふわの生地にたっぷりのカスタードクリームがつまっている。真里は嬉しそうにひとつ手に取る。

 その横で水瀬がふて腐れている。

「この俺があんなガキに土下座するなんて、クソ」

 水瀬は若林家の忠臣だった九条直春に不本意に体を乗っ取られたのがよほど癪に触ったようだ。


「こら、悠翔くんとガキなんて言わないで」

 水瀬は若林悠翔のファンである真里に怒られて面白くない顔をしている。

「水瀬のおかげで神原親分の娘さんの依頼は解決だな」

「ありがとうございました」

 神原美鈴は深々と頭を下げる。

「それで、お礼なんですけど」

 美鈴がおずおずと切り出す。

「ああ、いいよ。大して何もしてないし」

 火鳥の言葉に、水瀬はそりゃお前は何もしてないだろうよ、と言いたげだ。


「この刀を差し上げます」

 美鈴が妖刀村雨を差し出した。父親の神原は憑きものが取れた刀を手にして魅力を感じなくなり、興味を失ったという。なんという人騒がせな話だ。

「水瀬、もらっておくか」

「いらねえよ、バカ」

 水瀬はふくれ面でそっぽを向いた。


 この事務所には刀を飾るような床の間もない。置き場もないので、村雨は掃除道具入れにほうきと一緒に保管することにした。

 火鳥は妖刀村雨の概要をレポートにまとめ、Kファイルに綴じ込んだ。

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