1章 幼少期

第1話:公爵の子として

 35年前――


 俺は公爵の血族を持つリベリオン家に生まれた。

公爵の家であるからこそ常に学力も武術もトップを貫いているという訳でもない。どちらかと言えば中の下と下の上を行ったり来たりしていた。


 一番大きいのは俺には2つ上の兄がいるからこそ次男として跡を継ぐという意識を薄めたことだろう。兄は俺とは違い優秀でまさにリベリオン家の跡を継ぐには充分過ぎるほどの素質があった。


 しかし俺が12歳の頃を境にある事件が起きてから事態が急変したのだ。


 「デューク、今すぐに吾輩の部屋に来い」


 それはある日父親の部屋に呼ばれたことが始まりだった。俺は言われるがままに父親について行くと彼の自室に通される。

 部屋の横には何故か棺が置かれており、異様な空気を醸し出していた。


 「来たか。実は貴様に伝えたいことがあってな……」


俺が部屋に入るや否や父親は涙目になりながらぽつりぽつりと言葉を発した。


「実はな……我が息子であるルークが…………他生徒の暴走魔法に当たって死んでな……」


 父親は口を開くや否や泣き始める。

俺はというと兄が死んだという事実に困惑しながらも自身の足元が崩れていくような感覚を覚えていた。


「それは本当なのか? 」


信じたくないという思いで自然と自身の声が震える。

 正直に言うと魔法についてはろくに勉強もしておらず、暴走魔法と突拍子に言われても分からない。

だが父親の表情を見る限りどれだけ深刻かということだけはひしひしと感じていた。


「本当だ。この棺の中で眠っている」


 父親は泣きながらも横にある棺を見つめると震える手で中を開ける。

そこには上半身をズタズタに切り裂れたルークが息を引き取っていた。


 まるで未知のものに抗えなかった人間を忠実に表しているかのようだった。

傷の生々しさからかえって生身とは思えない。だが生理的な嫌悪感でそれに触ることはおろか近づくことすらできなかった。


 「すまん、貴様には刺激的すぎた」


父親は涙声でそう言うと棺を閉める。その間何かぶつぶつと言っていたような気がしたが、はっきりと聞き取れなかった。

しかしその事が気に食わなかったのか父親は突然豹変すると俺の胸倉を掴んだ。


「くそっ!何故だ!何故貴様じゃなくてルークなんだ!」


 それと共に拳が俺の頬を直撃する。

あまりの衝撃に俺は意識を持っていかれそうになりながらもただサンドバッグのように殴られることしか出来なかった。


 正直に言えば何故俺が殴られているのか全く分からない。そんな言いがかりをつけても何も変わりはしないのだ。

愛していた息子を失った気持ちは痛いほどわかる。だがそれを同じ息子である俺にぶつけるのは間違っているはずだ。


「どうして!どうしてなんだ!」


 続けて2発目の拳が俺の頬に飛んでくる。口の中で鉄の味をうっすらと感じ平衡感覚を失っていく。


「お、お父さん、ごめん……なさい…………」


 あれから20発程殴られただろうか。

俺は視界が涙でぐちゃぐちゃになりながらもただ謝ることしか出来なかった。


 心がやられた人は謝罪しか出来なくなる。そんな言葉が俺の頭をよぎった。

小さい頃からずっと父親に対してはそうだったような気がしていたが、突然襲いかかるふわふわしたような感覚によってどうでもよくなっていく。


 朦朧とした意識は段々と曖昧になっていきついには途切れた。

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