「センパイ、モテ期来ました」


「けっっきょく…一人じゃん…」


私はため息を吐きながら一人、教室で帰る準備をしている。六時間目の先生に日直だという理由だけで雑用を頼まれ、すぐに終わるかと思ったらこんな時間だ。

えみもセンパイが自分の教室に帰ったあと、「先輩とは別で帰るんだよ」って釘を打ったクセにさっさと帰ってしまっていた。


くそ…裏切り者め…。


なんて思いながら私は肩にスクールバッグを掛け、携帯を片手に教室を出る。担任の先生が帰りのホームルームで今日の戸締りはしなくていいと話していた。そのため私は鍵をかけずに教室を後にする。


「こんな時間ならセンパイを待ってても良かった気がする…」


先生があまりこない昇降口で携帯の電源を入れ、今の時間を確認した。時間は18時5分。

センパイは一体何時に終わるのだろうか。こんな事なら終わる時間を聞いておけばよかった。…といってもセンパイの事だから教えてくれなかっただろう。


「帰るかぁ…」


誰に言うでもなく、私はそう呟きながらローファーを履き、校舎から出る。

一人で帰るのはセンパイに会う前に数回合っただけだ。その時はテキトーなクラスメイトと帰っていた。それもセンパイと出会ってからセンパイと一緒に帰るようになったのだ。


センパイと出会って、センパイと一緒に帰り始めてから一人で帰る、というものがなかったからか、凄く懐かしい気分になる。


そんなノスタルジック(ノスタルジックというのが正しいのかは分からない)な気持ちになりながら私は校門をくぐる。


その時だった。


「………っ、あの!」


声をかけられた。女性にしてはやや低い声。

誰だろう、と思いながら私が振り返った先には女性ではなく、男子中学生がいた。


「………えっ、と…?」


残念ながら私に男子中学生の知り合いはいない。いとこにはいるが女子だ。

目がくりくりしていて短髪。制服もやや着崩してはいるが第一印象はいい。少し大きめなエナメルバッグを肩から斜めにかけている。

まだ制服もエナメルバッグも新品な事から一年生だろうか。


「キミは…誰、かな…?」


「俺!猿投 優二(サナゲ ユウジ)って言います!」


彼─猿投クン─はそう言ってニカッ、と笑った。キラキラとしていてなんだか太陽のような人だな、と思う。センパイとは真反対だ。センパイはどっちかっていうと月のように静かな人だから。


「えっと…さな……、なんて?」


「猿投です! 猿を投げる、って書きます!」


「なんだか可哀想だね…」


「気軽に優二って呼んでください!」


「えぇっと…、初対面だし…それは…、あはは…」


猿投クンに出会って私が気づいた事。

自分からグイグイ行くのは好きだが、他人からグイグイ来られるのは慣れていないという事実。

実際に今、私はどうしたらいいか分からないでいる。後輩、になるのだろうか。目を輝かせている猿投クンに私は口を開く。


「猿投クンはどうしてここに?」


「あなたに会いたかったんです! 結城 優良さん!」


「え、私に? …それになんで名前…?」


この人もしかしてストーカー?

なんて思って一歩、後ずさりするとそれよりも遥かに大股で猿投クンはこちらに歩み寄ってきた。


「好きなので!」


「へ?」


パチクリと数回瞬きをする。

そんな私を見ながら猿投クンは少し顔を赤くし、やや大きめの声でこう言った。


「俺! 優良さんが好きです!」


「…………え?」


センパイ、私…モテ期来ました。



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