「センパイ、抱きしめてください」


「───って事があったんだけど、照れ隠しが可愛すぎない??」


朝のホームルーム前。いつものように私の席の前に座る友人、須藤 えみ(スドウ エミ)に今朝の事を話す(というか私が勝手に惚気けているだけなのだが)。

するとえみは物凄く面倒くさいものを頼まれたかのように大きくため息を吐いた。


「ねぇ」


「はい」


「アンタと長瀬先輩、付き合ってるんだよね?」


「それはそれはあっつあっつに」


「それなのに“ドブネズミ”って言われたの?」


「だから、それは照れ隠しなんだって!」


「…………ダメだ、こいつ…」


えみは呆れたように額に手を当ててまたため息を吐く。それから私の方をじっ、と見つめる。え、何?メデューサ???


「あのね、あまりセクハラ紛いな事してると嫌われるよ」


「コイビト同士だからセーフなんじゃ…」


「なワケないでしょ。何よ、恋人同士ならパンツ見せ合ってもいいって…。それじゃただの変態だよ」


「変態? 褒め言葉だね」


「頭沸いてんのか」


えみはどっちかっていうと毒舌だ。それに今日は磨きがかかっているようだ。今までの私なら少しは落ち込んでいたかもしれないが、今の私は違う。センパイと付き合えてちょーハッピーなのだから。

そんなえみのちんけな毒舌なんて痛くも痒くもない。


「そんなんじゃセンパイ、アンタと別れて新しい人と付き合うかもよ」


「新しい人って?」


「アンタよりも綺麗で、頭良くて、運動神経抜群で、そんでもって」


えみはそう言ってビシッ、と私の胸を指さした。


「胸がある人」


「えみ、それ言っちゃダメなやつ」


私は別に無い、という訳ではない。小ぶりなだけである。少しだけそれを気にして今日もお昼の飲み物は苦手な豆乳にしようかな、なんて思っているのに。

えみは私のコンプレックスを抉るのが好きなようだ。


「とにかく、あまり変態発言はやめなよ?訴えられても仕方がない」


「自覚ないんだけど…」


「自覚あったらそれこそ刑務所行きだよ」


えみがそう言った瞬間、ホームルーム開始のチャイムが鳴る。それを聞いたえみは「気をつけなよ?」と一言そう言って自分の席へ戻って行った。

それから教室に入ってきた先生の挨拶や連絡事項を右から左に流しながら私は頬杖をついた。


……センパイが他の人と付き合う、か。


センパイは出会った頃から一人だった。みんなに嫌われて一人、というよりも進んで一人になっていた気がする。

私はそんなセンパイが、心配で、でも大好きで、もっと近づきたくて話しかけた。隣を歩き始めた。

私が話しかけてからセンパイの横にはずっと私がいたし、他の人なんて寄せ付けていなかった。だからセンパイが他の人とどうこうなるなんて考えもしなかったのだ。


…………センパイに他の女……。


「そんなのダメ!!」


私はホームルーム中なのを気にせずにガタッ、と大きな音を立てて立ち上がる。もちろん先生や他のクラスメイトは驚いていた。


「先生! お腹痛いのでトイレに行ってきます!!」


私はそれだけ言うとダッシュで教室を出て、センパイの教室がある三階まで全速力で駆け上がる。その最中、ホームルーム終了のチャイムが鳴った。


「センパイッッ!」


センパイの教室の扉を開けると教室中の視線が私に刺さる。そんな中、私は一時間目の準備をしているセンパイの前に立つ。


「センパイ!」


「二年生の教室なのに物怖じせずに来られるのは才能だと思いますね」


ニコニコと笑いながらそう言うセンパイに私はバッ、と両手を広げる。


「抱きしめてください!!」


「すみません。ドブネズミと抱き合う趣味はないんです」


「あっ。まだ私の事ドブネズミと勘違いしてた」



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