140. 未帰還

 騎士団本部に俺たちは通され、担当者から状況と作戦の説明を受けることになった。


「皆さんには、神殿の地下に行っていただきます」

「神殿?あそこって、グロシーザ教徒しか入れないんじゃ…」

「今回は特例措置が適用されています。グロシーザ教側としても今回の事態は看過できないので」


 手元の資料に目を落としながら、担当者は説明を続ける。

 文章を探そうとしてか、目が泳いでいる。

 憔悴しているのは明らかだった。


「数日前、ギルドのある職員が神殿地下に空間を発見しました。一度は準備不足や情報不足もあり戻っては来たのですが…」

「待ってください、その職員ってまさか…」

「…エーシェン・メール・スートローヴァ氏です。彼はこの偽情報による騒動が始まってから、収集した情報を元に地下に黒幕が居ると判断して一人で向かってしまいました」

「一人で!?」


 この中ではエーシェンさんのことを一番よく知っているであろうリーサが驚く。


「…エーシェンさんらしくない。普段ならもっと慎重に動くはず」

「はい、ですがこの騒動が始まってしまったことや騎士団の人員が枯渇したことなどが重なって、彼が一人で向かうことになってしまいました。…今考えると、この状況すら敵が考えて誘導した結果なのかもしれませんが」


 俺たちには返せる言葉がなかった。

 マーヴェさんは人手不足の騎士団に駆り出されてしまっている。この話を聞けなかったことは幸いなのか不幸なのか、考えてもわからなかった。


「…ここに、彼が独自に収集していた情報があります。本来はもう少し整えてから騎士団側に共有するつもりだったようですが」


 そうしてまた紙の資料が俺たちの前に現れた。

 といっても、数枚分だが。

 アルナシュ先生が真っ先に紙を1枚取って目を通し始めた。


「お前らも読め。どれでもいいから」


 言われて、俺たちは紙を手に取った。俺とリーサに1枚、シルヴィとエルジュに1枚、イルク先輩とマーリィ先輩に1枚、そしてガルゼたちに1枚という形で、それをローテーションすることになった。


 内容は、主に神殿地下に存在するという空間の話だった。

 曰く、地下空間は神殿ができた最初は存在していなかったが、その後何らかの目的、おそらく礼拝の空間を設けるなどの目的で作られ、それから計画が頓挫したのか放置されていたという。

 だが、南北戦争を期に、地下空間に言及する資料が極端に減っている。

 この何らかの力の正体が『南』かどうかは不明だが、これが地下空間が怪しいという根拠の一端である――

 他にも、地下に武装勢力が居た場合の人数予測や、罠の有無についてなど、様々な情報が載っていた。


「気をつけていただきたいのは、その情報を元に行ったエーシェン氏が帰ってきていないということです。作戦立案の時間が確保できませんが、それだけは念頭に置いてください」

「ふむ、なら先頭は私がやろう」


 資料から目を上げ、先生は言った。


「教職に就く前は冒険者をやっていた。多少は詠唱エルヴァノクトに覚えがある。武器があればなお良いがな」

「その点は問題ありません。インクリオス工房から武器を提供していただいています」

「ふむ」


 先生の意外な過去に驚きはしたが、今はそんな話をしている場合ではない。


「それじゃ、その次は俺が行くぜ」


 ガルゼが名乗りを上げた。


「相手がどんだけ強いかわからねえが、少なくとも訓練中のこいつらよりかはマシだろ」

「ありがとうございます…ご迷惑をおかけします」

「いいんだ。お前らが気にする必要はねえ」

「んじゃあオレは後衛やるわ。必要かどうかは知らねえけどな」


 アンセヴァスが後衛を引き受けてくれた。


「これで説明は終わりです。案内しますので、早速向かいましょう」


 ほんの少しの準備すら与えられない。その事実に、余裕がないことを嫌でも悟らざるを得なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺の考えた魔法理論が異世界で使われていた件 キューマン @QmanEnobikto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ