136. 冒険者登録

「冒険者ってどんな仕事するんだろうな…」

「…え、知らないのか…?」


 朝食の席で、俺はエルジュの発言にフォークを取り落としそうになっていた。


「いやいやいや、さすがに知ってるよ!てか、これは言い方が悪かったな。うーん、なんて表現すりゃいいか…」

「要するに、初めて冒険者をやるから緊張してるんだろう?」


 イルク先輩が横から差し出した助け舟に、エルジュは「そうです、そうです」と即座に乗っかった。


「そう緊張する必要もないよ。最初は簡単なこと、例えば花摘みとかから始めるものだし、万が一魔物が出てきても経験者がいる。それに赤魔法が使えるんだから、青魔法しかないよりは圧倒的に有利だぞ」

「確かにな。ヒロキ君の考案した魔道具は狙いやすくて良かった」


 イルク先輩は銃を持つように手を動かした。

 新入生対抗戦のときに作ってもらったあの銃型の魔道具は、元青魔法使い組にも大好評だった。

 こちらでも端材やら何やらを分けてもらい、その銃を作り上げたのである。


「ま、剣と盾も持たされるんだけどな。アレ重いんだよ」

「そりゃ丈夫に作ってあるからなあ」


 地球であればジュラルミン製の盾なんてものもあったが、そもそもアルミニウムの精製は非常に難しいという事情があり、化学を齧っただけの俺には到底手出しできない。

 この世界の科学の発展を待つか、製法を知っている転生者・転移者を探し出すしかないだろう。

 どちらにせよ、今すぐに実現することはできない非現実的な策である。


「あんまり話ばっかしてないで早く食べろよ?置いていくぞ」

「あぁ、すいません」


 アルナシュ先生に急かされ、俺たちはフォークを持つ手を速めた。



 今日も今日とて、オーチェルンは快晴だった。


「いやぁ、いい天気だ。これなら登録してすぐにでも冒険に出かけていけるぜ」


 ガルゼは上機嫌に言った。


「それで、もうすぐ着くのか?」

「はい。もう見えています、あの木の柵の向こうがシャンツ村です」


 御者が腕を伸ばし指し示す。

 そこは、エルディラットのような立派な壁もオーチェルン中心部のような派手さもないが、人々で賑わっていた。


「位置としては、我々の合宿所とオーチェルン中心部をつなぐ道のちょうど中間から少し逸れたところにあります。普段は会わないので実感は薄いでしょうが、あの浜の近くには貴族様の別荘も多くありまして、そことオーチェルンの間ということで、商人たちで賑わう場所でございます」


 説明を受けながら門をくぐる。

 そこで俺たちは下ろされた。


「では、我々は馬と馬車を停めてきます」


 そう言って御者は去っていった。

 俺たちはギルドの本部へと連れて行かれた。

 決して小さい建物ではなかったが、エルディラットのギルド本部を見慣れているとあまり大きいとも思えない。

 冒険者未経験組にとってはそうでもないようで、あたりをキョロキョロと見回している。


「先輩もエルジュも、あからさまに見回すのはやめたほうがいいですよ。田舎者だと思われます」


 リーサの小声での忠告に、三人はピタリと動きを止めた。

 まだまだ現代日本の感覚が、それも東京の記憶が残っている俺からすれば、ここが田舎にカテゴライズされないことが若干驚きだった。

 カウンターに着くと、受付嬢が恭しく頭を下げた。


「お待ちしておりました。魔科研エルヴォクロットの御一行様でいらっしゃいますね?」

「はい。この六名をパーティとして登録してください。後ろの彼らは別のパーティとして登録します」


 後ろにはガルゼ一行がいた。

 別のカウンターが空くのを待っているらしい。


「では、ここにパーティーメンバーの名前を書いてください」


 俺に書類とペンが渡される。


「えっ、俺?」

「あれ、あなたがリーダーではないのですか?」


 俺はイルク先輩の方を振り返った。


「まあ確かにリーダーは僕だが、名前はヒロキ君が書いてくれて構わないよ。知ってるだろうしね」


 その言葉を受けて、俺は紙に向き直った。

 上のリーダーを書く欄から、順に埋めていく。

 Iluk Hauzilidイルク ハウジリッドMarlj Elvettaマーリィ エルヴェッタRjsa Maltilurtリーサ マルティルート…綴りはこれで合っているはずだ。

 6人全員の名前を書き終えて、書類を返した。


「はい、それでは確認します。えー、パーティーリーダーはイルク・ハウジリッド、そして構成メンバーが、まず――マーリィ・

「…え?」


 俺は首を傾げた。


「あれ、違いましたか?」


 受付嬢は書類を見せる。

 そこにあったのは、確かにマーリィ・エルヴェスタとも読めなくもない俺の文字。


「…なんだ、SサーTターの書き間違えか」


 イルク先輩は呆れたように言った。

 そう、大陸共通語のSサーTターの文字は非常に似ている。

 ラテンアルファベットの小文字のbとp、dとqの如く、丁寧に書かねばならない。


「すみませんね、間違えちゃって…」


 俺はマーリィ先輩を振り返った。


「…え?」


 そこにいたのは、青ざめたマーリィ先輩の姿だった。


「…マーリィ先輩、大丈夫ですか?」

「あ、あぁ…うん、大丈夫。問題ない」

「本当に大丈夫か?体調が悪くなったりしたら早めに言うんだぞ?」


 先生の言葉に、マーリィ先輩はこくこくと素早く頷いた。

 …何かひっかかるものがあるが、とりあえず書類を再提出しよう。


「それでは、『マーリィ・エルヴェッ』ですね」

「…『エルヴェッ』です」


 …あと、今度から文字は丁寧に書こう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る