135. 事故のあと
ヒロキが飛び出していくと、部屋にはまた静寂が戻った。
「…まさか、あの魔法陣の光があんなに強いとは…」
「強ければ、目くらましに使える」
「そうだよ、気を落とさないでも…」
「…それでも、この騒動の原因はわたくしですわ。申し訳ございません」
シルヴィは、しょんぼりとしていた。
実際、わたしもマーリィ先輩もそれを否定はできない。
押し倒されてしまったとはいえ、ヒロキも被害者だ。
「せっかく、自分で魔法陣を作ってみたというのに…これじゃ、作り直しですわね。どんな危ない魔法陣になってしまっているか、見当もつきませんわ」
「…部屋には魔法陣がなかったから、どっちみちこうやって試すしかなかった。今試せたのはシルヴィのおかげ」
マーリィ先輩も励ましているが、今は効果が薄そうだ。
「明日、ヒロキにも謝らなければ…そうですわ、リーサ、怪我はなくて?」
「う、うん。大丈夫だよ」
わたしは答えた。
実際、急に乗りかかられたくらいで怪我するような鍛え方はしていない。
でも…問題がないかといえば、それは嘘になる。
「それなら、いいですけど…」
わたしは、シルヴィとマーリィ先輩に背を向けた。
心臓が高鳴りしているのを、悟られたくなかった。
(…どきどきしたー…!)
ヒロキと体を密着させてしまったのは、今回が初めてではない。
わたしが赤魔法を使えるようになったときも、感極まって抱きしめてしまった。
でも、今回は…その時以上に、時間が長かった。
ヒロキの体温が布越しに伝わって――
パチンと、わたしは自分の頬を叩いた。
「…リーサ?」
「なんでもないよ」
わたしは努めて平然と答えた。
これは事故だ。不幸な事故だった。
あとに引かないほうが、お互いのためだ。
一つ深呼吸をして、気持ちを整えた。
俺は逃げ帰ってしまった。
部屋に入ると、エルジュとイルク先輩が不思議そうな顔をしてこちらを見てくる。
「…なんか騒がしかったけど、どうした?」
「ちょっと魔法陣が暴走しただけだ」
「いやいや、それって危ないだろ」
エルジュが真面目な表情で突っ込んでくる。
さすが、伊達に魔道具を作っている家系に生まれたわけではないということだろう。
「大丈夫だ。単に強い光で目が一時的にやられて、見えなくてばったんばったんとな」
「やっぱ危ないじゃねえか。怪我はなかったか?」
「誰も怪我してないぞ」
「ならいいけどよ…予想できなかったのか」
「…俺じゃなくて、シルヴィがな」
責任をなすりつけるようで気が引けたが、誤魔化すよりはいいと考えて正直に言った。
「そうか…」
エルジュは考え込むような仕草をして黙り込んだ。
代わりに、イルク先輩が口を開く。
「彼女が、ってことは…
「はい」
「率先して魔法陣の勉強をしていた彼女が失敗か…。いくらヒロキ君から魔法陣について教わったとはいえ、まだまだ僕たちは知らないことが多すぎるな」
「…そうっすね。オレも、魔法陣を作ったらヒロキに見てもらうことにしようかな」
「その方が安全だろうな。あとは、自分でも使う前に試したり、不注意に起因する間違いを起こさないように確認すべきだろう」
「それくらいなら、やりますよ。いっそ、資料にでもまとめたほうがいいですかね」
「できるならそれがいいな。紙がそんなに手に入ればだが」
イルク先輩も考え込むような仕草をした。
確かに、紙の入手性は決して良くない。
地球の歴史における紙ほどは高級ではないし、リーサが頼めば先生から入手できるし、市場でもある程度売ってはいるものの、だからといって本一冊を作り上げることができるかというと、それは難しいだろう。
「ヒロキ君は、魔法の知識を広めたいと言っていたな?」
「まあ、ゆっくりとですけど」
「それなら、いずれは資料を作ることにもなるだろうから、今のうちから体系的にまとめられる分はまとめておいたほうが良い」
「そうですね」
体系的な資料といえば俺の執筆した『大魔法理論』だし、ほぼ丸暗記しているからこの世界に再度大魔法理論を生み出すことも決して不可能ではないが、前提知識として地球レベルの科学知識が要求されるので、そのあたりはクラヴィナに合わせる必要があるだろう。
待ち受ける、年単位でかかるであろう膨大な作業の気配に、俺は気が重くなってしまった。
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