130. インクリオス工房
「改めまして、私はアズロビスト・エイシルク・インクリオス。ここインクリオス工房の三代目店主、そして工房長を務めています。ここアルスレー地方でも、かなり上位だと自負しております」
そう言って、彼は腕で店内を示す。
店外からも受けた印象と同じで、非常に大きい。
「我々は幅広い種類の武器及び魔道具を取り扱っています。世間では青魔法使いの方が圧倒的に大多数ですので、いわゆる『加速剣』『減速盾』の取り扱いが一番多くなっております」
多分名前からして、リーサが普段使っているあの武器のことだろう。
魔法陣の効果で加速・減速できる剣や盾は、仕組みが単純な割に比較的扱いやすい。
「それでは工房の方へ案内します。ついてきてください」
俺たちは、ぞろぞろとインクリオス氏のあとを追った。
工房の入り口をくぐり抜けた瞬間、ぼうっと熱い空気を感じた。
あちこちからカンカンと鉄を打つ音が聞こえる。
面積は…だいたい、店舗部分の2倍くらい。
体育館ほどはあるのではないだろうか。
「どうでしょう。国内最大とまではいきませんが、かなり多くの設備を持っていますよ」
「いや、驚きました。これほどの工房を見たのは初めてです」
熱気にあてられて出た汗を拭きながら、アルナシュ先生は答えた。
確かに、俺も工房といえばこぢんまりした個人の店みたいなものを想像していたから、かなり意外だ。
ふと湧いた疑問を口にしてみる。
「これだけの量の武器が毎日売れるのですか?」
「いえ、いくら大きい街とはいえ限度もあります。貴族様からのまとまった注文が稀にあることはございますが…そもそも、ここで打たれている全てが新品ではございません。半分以上は修理中の品です」
「なるほど…」
確かに、考えてみればそうだ。
武器は消耗品ではない。武器を製造する工房が新品だけ売ってては採算が取れないだろう。
「先のオーチェルン付近での魔物大発生に伴い、各所で武器修理の依頼が大量に発生している状況でして、現在は一時的に新品の生産を縮小し、設備のほとんどを修理に費やしています。おそらく、今はどこの工房でも同様だと思います」
あの魔物の大量発生は、オーチェルンにいろいろな影響を与えていたらしい。
「それにしても、あれは何だったのでしょうね…突然前兆無く始まったものですから、皆大騒ぎでしたよ。騎士団の方、原因は判明しているのでしょうか?」
「いえ、まだ調査中です。判明次第、すぐに発表いたしますので、しばらくお待ちください」
「まぁ、仕方ありませんな…」
インクリオス氏はやれやれと首を振った。
その後、冒険者が使う様々な武器を試しに使わせてもらって、俺たちは工房をあとにした。
『いずれここで武器を買っていってもらえると嬉しいです』とはインクリオス氏の言葉だ。誰も彼もが持つようになってしまった赤魔法使いへの悪印象を、これで少しは拭えただろうか。
その道のりがそう楽ではないことは、なんとなく察せた。
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