127. 神の歴史

「3500万人!すごいな…」

「隠れ信者…信仰って、そんなに大事なんだね」


 俺たちは、案内されたレストランでガイドの小話を聞きながら、昼食を摂っていた。

 確かに、さっきまでいた通り沿いの飲食店よりはいくらか値段が低く、コストは抑えられそうだ。

 まあ、そもそも大部分の補助が騎士団の方から出ているのだが。

 赤魔法使いの魔族への優遇が垣間見えるようだ。


「グロシーザ教、懐かしいな。地元にも教会があったっけ」


 ガルゼが、しみじみとした調子で言った。

 そういえば、ガルゼ一行は別の地方から逃げてきたんだっけか。


「ガルゼは何か信仰していたことがあるのか?」

「いや、俺は特に…」

「お二人さん」


 アルナシュ先生が、口の前で人差し指を交差させた。

 …NGな話題らしい。


「…興味があったら明日にでも話すさ」

「わかった」


 俺たちは、その場では一旦話をやめた。



 その後も歩き続け、ついに神殿の足元まで来た。

 神殿のある丘のような土地は、まるごと柵や塀で囲まれている。


「残念ながら、信者でない私達が近づけるのはここまでです。ですが、周辺を歩くことはできますから、行ってみましょうか」


 ガイドの案内に従い、外側に設けられた道を歩く。

 日に照らされた神殿が、はるか頭上に輝く。


「この道のどこから神殿を見上げても美しくなるよう、国内外の職人が集められたそうです。神殿が建てられたのは、なんと大陸歴7年の頃…大戦前でしたから、南北問わず多くの信者が訪れたと記録されています。その頃は今みたいに対立もありませんでしたからね」

「南北の仲が良かった時期もあったんだな」

「より正確に言うなら…」


 俺が感心していると、アルナシュ先生が割り込んできた。

 社会科目をメインで担当している教師としてのプライドがあったのかもしれない。


「…その頃は国という概念すら希薄だった。なにせ『大忘却』からそう時間は経っていないからな。もっと小さな都市国家とでも言うべきプリミティブなコミュニティばかりだった。だが、その頃であってもグロシーザ教はかなり広まっていたから、職人を集めることができたんだ。ちなみにこの辺については来年の歴史の授業でやるからな」


 俺たち1年生組に向かって、先生は念を押すように言った。

 エルジュが「こんなとこで勉強かよー…」と愚痴を漏らして先生に頭をはたかれ、笑いが漏れる。


「ちなみに、グロシーザ教徒の信仰する神であるヴァーホシュタ様は、大陸の外側を包む海の具現化であるとされています。ヴァーホシュタ様が大陸を包んでくれている、という考えで、海沿いの街であるオーチェルンを筆頭に、大陸の海岸都市全てに神殿を設置する計画があったようです。残念ながら、南北の関係悪化で頓挫してしまいましたが」


 説明を聞き流しながら、俺は視線を巡礼する人々に向けた。

 1周するだけで何時間か経ってしまいそうなほど大きい神殿であっても収容しきれない人々の波が、目の前にある。

 少し遠くても顔までわりと見えるのは、若返って目も良くなったということだろうか。


「…ん?」


 一瞬、誰かと目が合った気がした。

 知っている顔のような気がした。


「ヒロキ、どうかした?」

「いや、何でもない。なんか知り合いがあそこにいたような気がしただけ」

「この距離で見えるかよ」


 エルジュのツッコミで、俺たちの間に笑いが起こる。

 …が、リーサだけは笑わずにしれっと言った。


「え、見えるよ?」


 みんなの笑いが止まる。

 まず間違いなく、俺たちの間で一番人間離れしているのはリーサだった。

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