3 観光都市オーチェルン
110. 通達
「…て、起きて…」
「うぅー…ん…」
俺の喉から変な声が出て、意識が浮上してきた。
眩しい日差しが窓から差し込んでいる。
「…リーサ?」
「おはよう。…もうお昼だけど」
「はぁ!?マジで!?」
飛び起きたその瞬間、正午を知らせる鐘の音が響き渡った。
「ほら」
「マジだ…俺、そんな寝てたのか…」
「ま、しょうがないよ。疲れ溜まってたんでしょ、昨日のアレで」
同じく疲れが溜まっているはずのリーサが飄々としているのは、いったいどうなっているんだ。
いつかのように敗北感を覚えながら、俺は起き上がった。
さて、昨日のアレが何かというところから説明しよう。
昨日、7月24日、七曜日…そして、夏休みの始まりの日。
ガルゼ一行と俺とリーサ、そしてアリスとサンは依頼を受けに行っていた。
初心者だった二人もだんだんと体力がついてきて、サンに至っては剣を習う意志を示し始めた。
そんな中で、ガルゼが目敏く見つけたのは、魔物化したアルスレージカの変異種だった。
その討伐依頼はギルドから常に出ていて、報酬なんと28500ガット/体。
というのも、体のあちこちが薬などの素材になるということらしい。
しかし、その需要に反して個体は非常に少ない。変異種が偶然生まれるのを待つしかないからだ。
そしてコイツ、別に強くないので倒すのは非常に楽だ。
そういう事情があって、冒険者たちからは万が一見つけたら超ラッキーという扱いを受けている。
今回はその変異種がなんと3体群れていた。
これは逃してはおけぬと、金に目がくらんだ俺たちは不要なほどの全力で変異種を倒した。
しかしこれがよく育った奴らで、3体もまとまれば重くてかなわない。
加えてガルゼたちは既に討伐した魔物たちの素材を多く抱えている。
仕方なく、俺とリーサで手分けして持ち帰ったのだが…
「いっでぇ!!!」
「む、無理しないでね…」
結果が筋肉痛だ。
まあ、翌日にすぐに来てくれるだけマシだろう。
30代から10代に若返ったことのメリットといえる。
「なんとか動かないと…今日は
俺はリーサの肩を借りながら、情けない姿勢で部屋を這い出した。
歩いていると筋肉がほぐれてきて、少しは楽になった。
研究室に到着する頃には、もう痛みは引いていた。
「おはようございます」
「おはよ…う…?今は昼だぞ…?」
既に全員揃っていた。
イルク先輩が怪訝な声を上げた。
「いやぁ、昨日の冒険者業の疲れが取れなくて…」
言い訳しながらイルク先輩の方を向く。
…なんだろう、なんか眉が勝手に動く。
「…なんで僕を睨むの?なんかしたっけ?」
「え、睨んでましたか、すみません…そんなつもりはないんです」
イルク先輩を見ていると勝手になってしまう。なんでかは知らないけど、とりあえず失礼なので見ないようにしよう。
そうして部屋を見渡す。
いつもどおり魔法陣の資料の整理をしているマーリィ先輩、何やら語り合って魔法陣を書いては彫っているエルジュとシルヴィ。そして…
「アルナシュ先生。帰ってきてたんですか」
「…あぁ。久々だな」
事務作業をしていた先生が、ゆっくりと顔を上げた。
「出張お疲れさまでした。長かったですね」
「まぁ、元々長くなるのは分かっていたからな。君たちの馬車のおかげで気持ちよく旅ができたよ」
「ですってよ、イルク先輩」
「あぁ、嬉しいな」
その言葉に、アルナシュ先生は…一瞬、バツが悪そうな顔をしたような気がした。
気のせいだろうか?
「あぁ、そうだ。ヒロキとリーサ、騎士団から通達が来ていたぞ」
「通達ですか?」
一瞬で思考が切り替わる。
十中八九、夏休み中の訓練のことだろう。
誘拐事件に関する話はイルク先輩たちにも説明済みだ。皆予想はついているだろう。
「どんな内容なんですか?」
「いや、私はまだ見ていないから分からん」
そう言って、先生は封筒を取り出した。
白い紙地に、騎士団の紋章が刻まれた赤い封蝋が映えている。
「まさかの未開封ですか」
「他人宛の手紙を勝手に開封するほど私は非常識じゃないぞ」
それもそうかと納得して、俺は封筒を受け取った。
封蝋を剥がし、中の紙を取り出す。
「えっと…」
最近、大陸共通語の文章を教科書以外でまともに読んでおらず一瞬面食らってしまったが、落ち着いて文字を追えば普通に読めた。
しかし、書いてある内容は意外なもので、思わず複数回文字を追ってしまう。
「…『魔科研の皆さんをオーチェルンに招待します』、だそうだ」
「「「は?」」」
俺は目を、他の全員は耳を疑った。
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