109. <Unknown>
白いモヤが空間にかかっている。
俺は直感的に理解に達し、そして奪われていた記憶が返ってくる。
――ああ、そうだ。この空間だ。
俺が『亜門弘樹』という一人の地球人として存在すべき空間だ。
視界の不明瞭ななか、念じてみれば足元が安定する。
一歩踏み出し、そしてまた一歩。
白いモヤが晴れて、あの円卓…と言うにはかわいらしすぎるガーデンテーブルが姿を現す。
そこにはあのリーサに似た風貌の女神――
「は?」
――と、若干イルク先輩を嫌味にしたような感じの男神らしき人物が座っていた。
「来たか」
俺がイルク先輩と認識したからだろうか。彼はイルク先輩によく似た声でそう発した。
視線の先を変えると、リーサ神(仮)はなんだか困ったような表情をしている。
「あの…」
「お前は黙っていろ」
リーサ神はシュンとなってしまった。それだけで二人の力関係がわかる。
イルク神(仮)は机の上のマカロンを適当につまみ、口の中に放り込んで流し込むように紅茶を飲み干した。
「座れ」
「…はい」
威圧感を出してくるイルク神に、俺は仕方なく従う。
座るなり、いきなり彼は言葉を発した。
「単刀直入に言おう。なぜ君は本来の職務を果たしていない?」
俺は首を傾げる。
「記憶を消したせいで、まさか目的を完全に忘れたんじゃあるまいな?」
「了解していますよ。わかるでしょう?」
「確かに、君の記憶にはちゃんとあるようだな」
「だから俺は、貴方たちとの記憶を消してもらった。そしてそれは実際に上手く行っている。サン・プラシュテーク…三賀島亜紀の例を見るに、同じ方法を取ったんじゃないですか?」
「そうだ。彼女はよくやってくれている。だが、君はどうだ?」
「どう、とは?」
「君の持つアドバンテージはその圧倒的な知識量だ。だからこそ、クラヴィナの中でも比較的安全かつ日本と価値観の近いエルディラットへと送り込んだのだ。そうなれば我々が期待するのは、君が魔法の知識をエルディラットへと広めることだ。そして現状、君はその期待に応えていない」
「期待された覚えもございません、が…」
俺はマカロンをそっとつまんで、上品に一口齧る。
「魔女狩りってものが、我々の世界にはありまして…」
「いくつかの宗教が『超常的な力で他人を害している』という理屈で人を勝手に裁いた虐殺事件のことだろう?迂闊に知識をひけらかせば殺される、と言い訳したいんだろうが…送り込んだ先はエルディラット、学問のもとに成り立つ神なき都市だ。おおかた矮小な人間の歴史など知らぬと高を括ったようだが、失敗だったな」
「…わかりませんか?俺はエルディラットに留まるつもりはありませんよ。そもそも状況が許してくれないでしょうしね」
「状況?」
「ちゃんと見てれば分かるはずですよ」
絶対数の少ない赤魔法使いが、エルディラットに集中している。
それはコースヴァイト王国としてもよろしくないのではないだろうか。
要するに、赤魔法使いたちはバラけさせられるんじゃないかと思っている。
「…情熱のあるものに魔法理論を教えたいという、君の言葉を馬鹿正直に信じた我々が馬鹿だったようだ。決定を下す。もし次会うまでに貴様が魔法理論をこれ以上広めようとしなければ、罰を与える。無論記憶は戻さぬ」
「逆らえない理不尽な要求ですか…神々の底の浅さが透けて見えましたね」
言いながらも、俺は焦りまくっていた。
罰の内容がわからないが、はっきり言って無理ゲーだ。
記憶を持っていない俺は、今の所魔法理論を
実質詰みのようなものだ。
「それでは、また会おう。いずれな」
「あ、おい、待て!」
不安要素を残したまま、俺の記憶は消えてゆく。
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