106. 後片付け

「…なんだったんだ、さっきの光は」

「赤魔法使いの魔族だけが使える技ですよ。少々コツが要りますが」


 問いかけてくる隊長に、俺はアリスたちを縛る縄を解きながら答えた。


「しかし、そんな技は聞いたことがないぞ」

「でしょうね。俺が開発した技ですから」


 固結びになっていた部分を男が持っていたナイフで断ち切ってしまえば、二人は完全に自由になった。


「うわぁぁんリーサぁぁぁぁー!!怖かったよぉー!!」

「きゃっ!…うん、ごめんね」


 数日間拘束されていたとは思えない元気さで、アリスがリーサに抱きついた。

 とりあえず、あの分なら心配はないだろう。


「ふぅ。…まったく、姿勢を固定されてたせいであちこち痛いよ」


 自称12歳のサンは、およそ子供らしくない表情をしながら肩をぐりぐりと回している。


「悪かった。迷惑かけたな」

「いやぁ、僕たちも油断してたから。やっぱ現代日本の感覚でいちゃダメなんだな」

「今までは別に、変な事件は起きてなかったからな…俺も、感覚を切り替えないと」

「そうだね。…あー、甘いものが食べたい!」

「それ!わかる!」


 サンの叫びに、アリスが同調した。


「食事も水分も必要最低限だったからさー、しんどかったよ…」

「それについてはマジで申し訳ない。奢るよ」

「やった、お言葉に甘えよう」

「アリスも、落ち着いたら喫茶店でもどうだ?」

「そうだね、今回は奢られることにするよ」


 元々こっちで生きていくのにそこまでお金を使わない俺なのだ、このくらいの出費は甘んじて受け入れるべきだろう。



「二人とも、無事でよかった…!」


 アリスたちの母親が涙ぐみながら二人を抱きしめる。


「ヒロキ君もリーサちゃんも、二人を取り返してくれてありがとう」

「いえ、元はと言えばこちらの油断が招いたことです。ご心配とご迷惑をかけて、申し訳ございませんでした」

「なに、無事に戻ってきたのだ。後に引きずることはない」


 ご両親が寛大なおかげで本当に助かった。


「これでようやく、一連の事件が終わったわけだ。皆、協力に感謝する」


 エーシェンさんの話が始まり、俺は背筋を伸ばした。

 今日も俺たち魔科研エルヴォクロット1年生やビスティーなどの関係者がギルドの応接室に集められていた。

 見慣れた光景になってしまったが、それもきっと今日で終わりなのだろう。


「奴らは組織を何層にも分けて、その上高度な催眠技術で上層の存在を隠蔽していたようだ。だが、エルディラット内の奴らの仲間は皆捕まえた。アリス君が言っていた『裏切られた』って件については調査中だけど、この街にいる限りは安全と思ってもらって構わない。他の都市、他の領地にも捜査の協力要請を出すから、いずれ掴めると思う」


 その報告に、皆から安堵の息が漏れた。

 長かった一連の事件が、ひとまずとはいえ終わったのだ。

 しばらくはのんびりしたいものだ…しかし、こんな形でも騎士団に参加してしまったものだから、そうも行かないのかもしれない。イルク先輩が夏休み返上とか言ってたし。


「それじゃ、アリス君とシルヴィーナ様は今回新たに押収された物品の確認をしてもらえるかな?」

「わかりましたわ」

「はーい」


 シルヴィと、すっかり元気を取り戻したように見えるアリス、そしてその両親がエーシェンさんに連れられて別室へと連れられていく。

 …とりあえず、今日は流れで自然解散ということらしい。


「押収された荷物は僕も見たけど、雀の涙って感じだったね」

「スズメ?」

「小鳥の名前さ。小鳥が流す涙のように少ないって例えだよ」


 リーサの差し込んだ疑問にさっと答えて、サンは肩をすくめた。


「ま、最初は貴族の馬車襲って豪遊して、娘さらって奴隷にしてウハウハ…とでも考えてたんじゃないの?途中でいろいろ崩れて売るとか売らないとかみたいな話になっただけで」

「組織を何層にも分けて催眠で隠蔽するレベルの組織がそんなグダグダなことするかなぁ…」

「グダグダな組織でも隠蔽技術だけはピカイチなこともあるのさ。くそう、あの自称ネットメディアまとめサイトめ…」


 インターネットで何かを経験したらしいサンが呪詛を吐き始めた。


「まぁ、とりあえず謝罪兼解決祝いってことで、アリスが戻ってきたら喫茶店行こうよ。約束通り、ちゃんと奢るからさ」

「わたしにもお金は出させて。責任はあるから」


 リーサには責任はない…と言おうとしたが、もともと俺も罪滅ぼしをする身だ。リーサの罪悪感がお金で解決されるならそのほうがいいだろう。


「わかった。今日は美味いもんいろいろ食うか。エルジュたちも来るか?」

「行くよ。…そういえば、オレが呼んだからヒロキたち来ちゃったんだよな…オレも責任感じてきた…」

「それを言ってしまったらわたくしもですわ…」

「奢る母数が増えればアリスとサンが喜ぶから良いんじゃないかな」

「うん。喜ぶよー」

「って、いつの間に戻ってきてたんだ!?」


 さり気なく話に混じってきたアリスとシルヴィに驚きながら、俺たちはギルドをあとにした。

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