102. 魔法陣デバッグ

「それで、何を作ってたんだ?」

「拡声魔法の改良版ですわ。風を活用することで、指向性を持たせることができるのではないかと思ったんですの」

「そうそう。マーリィ先輩が今使われてる拡声魔法持ってたからそれを元に」

「わたしたちがやろうとしてたことと同じだ!先を越されちゃったかぁ」


 リーサがほんのり悔しさを滲ませた。俺も同じ気持ちだが、同じ構想をしていた分案外あっさり解決するかもしれない。


「それで、一応風の魔法陣と拡声魔法を組み合わせてはみたいんだけど、常にどっちかしか発動しなかったり、発動したと思ったら風が弱すぎたりで、なかなかうまくいかないんだ」

「魔法陣の組み合わせ方は先輩方のあの魔法陣を参考にしましたわ。でも、わたくしたちは理論を教わっただけの素人ですから、より詳しいヒロキに頼むことにしましたの」

「理論を作ったヒロキに頼むのはちょっとズルいかな、とは思ったんだけどな。できないのも悔しいから素直に頼ることにしたよ」

「どんどん頼ってくれ…とは言いづらいけど、頼ってくれて嬉しいよ」



 魔科研エルヴォクロットに着いてみると、床には木片が大量に散らばっていた。

 魔法陣の刻まれた木片だ。隣の廃材倉庫から取ってきたものだろう。


「これは…結構散らかってるね…掃除大変そう…」


 リーサの言葉に、エルジュとシルヴィは申し訳無さそうにしている。

 専用の魔導インクがなければ、その場で魔法陣を作るのは難しい。

 かといって一度彫った魔法陣を再利用するのもまた難しい。

 もう少し理論自体に改善しようがあっただろうか、と今更考えてはみたが、完全に後の祭りであることに気がついて思考を止めた。


「どれどれ…」


 俺は地面に腰を下ろし、木片に刻まれた魔法陣を吟味し始めた。

 リーサも横にちょこんと座って覗き込む。


「…なるほどね」


 いくつか見て、俺は原因がなんとなくわかった。

 リーサはまだ首を傾げていたが、これはかなり『大魔法理論』に精通していないと難しい問題だった。

 インターネットにいた大魔法理論ガチ勢の方々ならわかったかもしれない。


「これ、内側の拡声魔法と外側の風を起こす魔法陣を繋ぐ部分をどうにかしようと思って試行錯誤してるっぽいけど、残念ながら改良する部分が違う」

「そうなのか?てっきりうまく接続できてないから片方に流れるのかと思ってたけど」

「ほら、拡声魔法の方に細かくループしてる部分があるだろ?これがちょっと魔素流の効率が悪い形なんだよ」

「でも、それを消してしまったら拡声魔法は機能しなくなってしまうのではないですの?」

「その通り。あえて魔素の通りを悪くすることで、流れる速度を落として周りの力場と差をつくる。こうすることで、空気の流れを制御して音を増幅するんだ」

「だったらどうするんだ?」

「今拡声魔法のところに置いてる魔素流入口、つまり手を当てて魔素を流す所を風を起こす魔法陣の方に移す。だいたい右のここらへんから入れて、Z環とK環を上で繋いで…」


 俺は彫刻刀を借りて、線を付け足していく。


「はい、これで動くと思う」

「試してみていいか?」

「どうぞ」


 エルジュが木片を口元に当ててシルヴィの方を向く。

 シルヴィが耳を塞いだのを見て、リーサも耳を塞ぐ。

 しかし、リーサの予想に反して大きな声が耳を貫くことはなかった。

 シルヴィが、耳から手を外した。


「成功ですわ。しっかりと聞こえていましたの」

「え?どういうこと?」

「指向性があるって言ったろ。特定の方向にデカい声を届けられる魔法陣の完成ってことだ」

「ヒロキの言う通りだ。俺たちは指向性を重視していた。喋るたびに自分が耳塞がないといけないのは不便だしな」

「まあ、今のままじゃ指向性が高すぎて声を広げるのは難しそうだが」

「…それは今後の課題ってことで…」

「ここまで教えてもらったのだから、あとは自分たちで挑戦してみますわ」

「いい心がけだ」


 俺は偉そうに頷いた。


「さて、戻るか。もう暗くなってきてるしな。二人共、またな」

「おう」

「ごきげんよう」


 二人の挨拶を背に、俺とリーサはアリスとサンを迎えに行った。



 通りに戻ってくると、もうすっかり人通りはなくなっていた。

 元々この辺が混むのは昼の一瞬だけで、普段は閑散としているところなのだ。


「えーっと、ここらへんに…って、あれ?」


 二人が座り込んでいたところには、誰もいない。ざっと見渡しても彼女たちはいない。


「まさか先に行っちゃったのか?待たせすぎたかなあ…」

「…ねえ、これって」


 静かな声が、俺を振り向かせた。

 リーサは、二人がいたはずの場所にしゃがみこんで、何かを拾い上げた。

 近づいてみると、その正体は一輪の紫色の花だった。


「シェロイ、だな」

「落としたのかな…」


 なぜだろう。

 そのシェロイの花に、嫌な予感を感じたのは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る