93. もうひとり
「ちょ…え…ちょ、ちょっと待ってくれ!」
俺は思わず声を上げた。
「ダメだ、そんな大声を上げては…!」
ビスティーが慌てて俺を止めようとしたが、一拍遅かった。
少女が目をぱちりと開き、ゆっくりと辺りを見渡す。
「…え、あれ、ここは…いや、でも…え…」
不明瞭な呟きとともに、少女はふにゃりとソファに倒れ込んだ。
「…強制的に目覚めさせるのは、負担が大きいんだ」
「…ごめん」
「ど、どういたしましたの?」
シルヴィが心配そうに声をかけてくる。
見渡せば、ほとんどの人が俺を不思議そうに見ていた。
…一人を除いて。
「ねえ…ヒロキ、これって、そういうことよね?」
「ああ、そうだ」
俺はリーサの確認ともとれる質問に、肯定を返した。
「こいつは、俺と同郷だろう。シルヴィ、アルティストの名前を使って命令してくれないか。この話は、この部屋にいる人以外には話してはいけない、と」
「わかりましたわ。皆さんもよろしいですわね?」
さっと見回して、皆が頷いたり返事をしたりしたのを確認し、シルヴィは俺に向き直った。
「しかし…秘密にしなければいけない話なのですね」
「一応だがな…最悪、命を狙われかねないもので」
俺は話し始めた。
自分が他の世界から来た人間であること。
アクシデントで死にかけていたところをリーサに助けられたこと。
出自を聞かれると面倒なので、記憶喪失ということにしていたこと。
成り行きでリーサには真実を先に明かしていたこと。
そして――元の世界に魔法はなく、魔法について考えたのは俺であること。
「…にわかには信じ難い話、ですけど…」
「でも、あんだけ魔法に詳しいことにも説明がつくよな」
「そう簡単に納得はできないけど…今は信用するしかなさそうだね」
エーシェンさんがそう言ったことで、部屋の空気がとりあえず信じるという方に変わってくれた。
「…んぁ…?」
少女が寝ぼけながら体を起こす。
そして、ぼんやりと天井を見つめたあと、
「あぁ…そうか、僕は異世界に来たんだね」
小さく呟いたその言葉を、俺の耳は確かに拾った。
どうやら、同じ結論にたどり着いたようだった。
「思い出したよ。賊のメンツもアジトの場所も、僕がそれを忘れていた理由も。本当に催眠術で記憶を操作されてたみたいだ…」
そうして、彼女は賊のいる場所やメンバーについて語った。
どうやら、彼らは外エルディラットの一地域に根城を構えているらしい。
「でもそれ、東の方だよね?最近は魔物が増えがちだったけど大丈夫だったのかい?」
「僕が覚えてる限りでは、襲われたりはしなかったね。ボスもビクビクしてたけど」
「怖がってた?望んでそこを拠点にしたんじゃなかったのか?」
「だから、こないだも言ったとおりもっと上に誰かいるんじゃないかなーって思うよ。陰謀論みたいだけどね」
「なるほどね。ありがとう、これで捜査が進みそうだ。じゃあこれで取り調べは終わりに…」
「あ、ちょっと待って」
話を締めようとしたエーシェンさんに、少女が言う。
「ヒロキ君と二人で話がしたいんだ」
「奇遇だな。俺もそう思ってたところだ」
俺もまた転生者であることは、彼女にはバレていたらしい。
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