92. 治療
翌日の午後、俺たちは数日ぶりに
「やぁ、久しぶり」
「久しぶり…」
二人の先輩は、なんでもないように俺たち四人を迎えてくれた。
「そんなに日数空いたわけじゃないですけどね」
「それでもここ最近は結構な頻度で集まっていたからな。空いてしまうと…いや、すまなかった」
イルク先輩はあぐらをかいたまま頭を下げる。
それを見たマーリィ先輩も、遅れて追従した。
「いや、仕方ないですよ。あんなことがあったあとですから。こちらこそ、何も言わず空けてしまってすいません」
俺としてはたしかにショックではあったが、ずっと全力で頑張っていた先輩たちがよりショックを受けたのは明確だった。
「…今回は仕方ない。またいつか、発表できる機会があるはず」
「ああ。僕とてまだ2年あるからな。さらにすごいものを作ってやるさ」
それでも、先輩たちは立ち上がる。
きっと、これくらい熱意がなければ、異端者でいるのは難しいのだろう。
「ま、今日何かすぐ作るってわけでもないけどな。リーサ君たちは今日も用事を入れているのだろう?」
「よくわかりましたね」
「最近毎日動いてるのは知っていたからな。それを見て、こっちもいつまでもくよくよしてるわけにはいかないと思い直した」
こともなげにイルク先輩は言った。
マーリィ先輩もうんうんと頷いた。
「面倒なことに巻き込まれているみたいだが、頑張れよ」
「俺たちがなにかするってわけじゃないですけどね。今日だって当事者として話を聞くだけですし」
「それでも、何日もやってると疲れる。ただでさえ非日常」
「まあ、たしかにな。オレなんかギルドに慣れてないし正直疲れてはいるけど」
「個人的には、依頼受ける時間が減るのが不満かなー」
エルジュもリーサも、多少は不満を抱いていたようだった。
先輩たちに別れを告げてやってきたのは、いつもどおりギルドの面談室。
今日はそこに、ビスティーがいた。
「今回は特例だからね?ほんと苦労したけど僕のコネとアルティスト様の後ろ盾でなんとかなったよ…」
「アルティスト家が?」
「捜査過程をシルヴィーナ及びその関係者に公開せよ、という命令をお父様が出していましたわ。一部はわたくしの希望でもありますが」
「わたしたちが毎回呼ばれてたのはそういうことだったんですね」
「あたしもね。やっぱりアルティスト様の命令だから」
今日はアリスに加え、男性と女性が姿を見せている。
多分アリスの両親だろう。目が合ったので、失礼のないように会釈をしておいた。
エルジュはやはり、不満げな表情をしていた。
「だからってオレたちまで来る必要あるのかなぁ…ほら、シルヴィの家の御者さんももうここに来てないじゃねえか」
「オクシスのことでしたら、本家に帰らせましたわ。アルティスト専属の御者というのは、賊に襲われたくらいで仕事がなくなるほど楽なものではありませんわ」
「あー、事情があったのね」
その後も表情はどちらかといえば不満そうではあったが、一地方を統べる貴族の命令だからか、それとも単にめんどくさいからか口を開くことはなかった。
「失礼します。サンズヴァッシュを連れてきました。もう部屋に入れますか?」
「うん、よろしく頼むよ」
職員の報告にエーシェンさんがそう返すと、面談室のドアが開けられた。
両腕を手首のところで縛られた、水色の髪の少女が姿を現す。
あいかわらずボロボロなあの服は、聞いたところによればどうやら囚人服らしい。
前とは違って特にキャンキャン吠えたりしていない彼女は、正直奴隷かなにかに見えてしまう気がした。
「こんにちは。ボクは催眠術師のビスティルタ・サジマカルです」
「…催眠?僕に何をさせるつもりだ?」
ビスティーの人の良い笑みを浮かべながらの挨拶に、少女はよりによってそんな返事を返した。
いや、まあ催眠って言ってしまうとそっちの意味に聞こえるよな。わかるぞ。
「記憶を取り戻していただこうと思いまして。こちらは賊に関しての情報を求めておりますから」
「…ああ、そういうこと。いいよ、別に。ついでに僕が何者なのかもわかるとありがたいね」
少女は興味なさげに言って、すとんと腰掛けた。
「結構。術をかけている間は白昼夢を見ているような行動を取るようになりますので、そこで目覚めていただきます。皆さんも、多少彼女が変な言動や行動をしたとしても、笑ったり蔑んだりすることはないように」
そう前置きして、ビスティーは人差し指を立てた。
「こちらをじっと見つめてください。あなたは…」
何やら暗示をかけていくと、少女の目の焦点が一瞬ブレたように見えた。
「…できました」
「あれ、ここは…あなた達は…」
少女はぼんやりと周りを見回した。
そして、ぽんと手を叩く。
「あーそっか、取材か!」
「…はい、そうです」
「いやぁー、僕としたことがまさか取材中に寝ちゃうなんてね」
なはは、と呑気な声を上げてへらへらと笑う少女に、部屋の全員が呆気にとられていた。
あまりにもイメージと違いすぎる。貴族に憎悪の炎を燃やしていた彼女とも、その後感情表現が平坦になっていた彼女とも。
そして、彼女の口にした取材という単語。彼女は記憶を失う前、有名人だったというのだろうか?
――浮かび上がった俺の疑問は、次の瞬間にすべて吹き飛ばされることになる。
「…ごめん忘れちゃった。どこの新聞だっけ?読売?毎日?ネット専門…じゃないよね、こないだもう受けないって言っちゃったし。ほんと、あることないこと記事にされると大炎上して大変だからさ、そこんとこ頼むよ?」
予想だにしない言葉の内容を理解するには、五秒では足りなかった。
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