87. 登校、授業
7月5日、二曜日…地球で言うところの月曜日。
まさか襲撃の可能性があるからと休むわけにもいかず、俺たちはいつもどおり学校へと向かった。
幸い、相手も(いるとすればではあるが)昨日の今日では仕掛けてこないらしく、何事もないまま教室にたどり着いた。
「おっす。無事だったか?」
「とりあえずはね。いつ相手が仕掛けてくるか…そもそも相手が存在するかどうかすらわからないのはだいぶしんどいけど」
「わかるわー…普段やらないことをやるのってしんどいよな」
「ましてやそれが自分の安全に関わることだと、特にな」
隣のエルジュと愚痴を言い合っていると、校舎全体に鐘の音が響き渡った。
授業開始の合図だ。
「…こうして22年10月3日に、コースヴァイト王国でギルド制度が発足した。しかし、以後の世界では経済の自由化が進行し、105年に発生した大陸大戦を契機に冒険者ギルドを残して他のギルドは実質的に消滅した。では、なぜ冒険者ギルドが生き残ったか?アリス、わかるか…アリス?」
アルナシュ先生が指した女子生徒は、俺の1つ前の席に座っている奴だった。
彼女は今、ピンク色の長髪をだらしなく机に広げて眠りこけている。
「…アリス・プラシュテークさん」
「は、はひぃ!?」
ガタタと音を立てて、彼女は飛び起きた。
「問題だ。大陸大戦以降も冒険者ギルドが存続している理由はなんだ」
「へ!?え、えーっと、えーっと…」
慌てて教科書をぱらぱらとめくるアリスの姿に、教室内で小さく笑い声が生まれた。
彼女はアルスレー地方の貴族なのだが、威厳とかいうものがまるでない。
本人は明るく別け隔てなく接する性格で友達も多いというのが、いかにも自由を重んじるアルスレーの、平等を重んじるエルディラットの学校らしいと言える。
「…冒険者ギルドの特殊性」
「え?あっ、冒険者ギルドが特殊だったから!」
俺がボソッと呟いて助け舟を出すと、アリスはしっかり気づいてそう叫んだ。
「ではどのように特殊だった?」
「え、えっと…その…」
「…ヒロキ君、他人に教えるのは自習か休み時間にしたまえ」
バレてた。
俺はスーッと目線を窓の外にやった。
今日もレイリー散乱が綺麗な青空をつくりだしている。
「目をそらさない」
「はい」
俺は素直に従って、黒板に目線を戻した。
「冒険者は、元々300年前のいわゆる『大忘却』で忘れ去られた世界をもう一度探索するという職業だった。人類が大陸外に進出できていないように、この世界にはまだまだ知らない場所が多い。当然、大陸内においても未だ到達できていない土地がある。つまり、需要があったわけで…」
説明の途中で、授業終了を告げる鐘が鳴った。
「おっと、時間を見誤ってしまった。説明の続きはまた次回な」
そう言うと、アルナシュ先生はそそくさと教室を出ていった。
「えぇー、普通そんな気になるところで切っちゃうー?」
「アルナシュ先生、時間ピッタリで授業切り上げるからわりと人気あるんだけどな」
アリスの愚痴に、エルジュが苦笑いを漏らした。
いきなり、アリスがこちらに振り向いた。
「ねぇねぇ、ヒロキって頭いいんだよね?」
「悪くはないと思うぞ」
「えー、絶対頭いいでしょ。期末考査でも30位くらいにいたし」
そう、俺は6月終わりの期末で見事トップ50に入って掲示されたのだ。
生徒の幅が下から上まで幅広いせいか、問題は普段の授業を聞いていればある程度は解けるレベルだったし、元々俺は地球でさらに進歩した学問の恩恵を受けていたのだ。
全部が全部クラヴィナのそれに適用できたわけではないが、それも自力でなんとかなった。
…まあ、リーサには負けたのだが。彼女は18位だった。
伊達に努力しているわけじゃないらしい。
ちなみに、アリスは1700人中350位と比較的上位にいるので頭が悪いわけではないのだが、本人曰く集中力が続かないそうだ。
「ヒロキだったらさっき先生が言おうとしてた説明わかるんじゃないかなって思ってさ」
「いやまあわかるけどさ…」
俺は図書館で読んだ歴史解説書を反芻して、言葉を組み立てた。
「そもそもギルドって、各職業の団体でできてたんだよ。商人ギルドとか、鍛冶師ギルドとかな。団体の中で値段とか生産品の品質を統制してみんなが生き残れるようにしてたわけだ。でも価格が不当だっていう一般市民からの不満の声も多くて、最終的に解散しちゃったんだけどな。
で、冒険者ギルドもギルドであるからには狩ってきた獲物を売ったりしてたんだけど、冒険者の主な役割ってものを売ることじゃなくていろんな場所の探索なわけじゃん?だから冒険者の需要は残ってたわけ。
そんで、時間が経つに連れてギルドとしての役割は形骸化していって、最終的に冒険者という職が動物狩ったり賊を倒したりその他依頼をこなしたり、っていう形に変化して今に至るってわけ。…だったかな」
「お前すげーよ…歴史は二年次からじゃねーのか」
「エルディラットの図書館がすごいだけだよ」
「へぇー、ありがと!やっぱ物知りだね」
アリスは無垢な笑みを浮かべ、また自分の机に向かった。
そして、ふと思った。
(そういえば、ちゃんと話したのは初めてだったかな)
これまでは身の回りのことや魔科研のことで手一杯だったから、ちゃんと友好関係を広げたほうがいいのかもしれない。
そんなことを思って、俺はまた教科書に目を落とした。
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