86. 状況説明

「我々はエルディラットの南西口を目指していました」


 面談室に集まった俺たちの前で、オクシスさんが口を開いた。


「東の方に魔物が増えているという話は聞きましたので、方角が逆とはいえ魔物対策はしていったのですが…人間に、それもかなり手練れの奴らに襲われるとは思いませんでした。慢心と言われてしまえば、それまでなのですが」


 悔しそうに膝の上で手を握りしめる。

 が、すぐに手をほどいて、お茶の入ったカップを持ち上げた。


「奴らは…強盗というよりは、いかに積荷を早く盗み出し逃げるかに長けていた気がします。殺意を向けられた感じがしなかったんです」

「人を殺さない盗み専門の賊か…そんな報告、今まで受けたことあったっけ…?」


 エーシェンさんが首を傾げた。


「奴らが取っていった荷物に特徴はありましたか?」

「いえ、手当り次第という感じでした。とにかく手前から取っていこうとしていたと思います。シルヴィーナ様の魔法唱板エルヴァントーレもそのあたりに積んでおりましたので、盗まれてしまいました」


 オクシスさんはずっと申し訳無さそうな表情をしていた。

 まだ動揺が残っているのか、持ち上げたカップに口をつけないまま元の位置へと戻した。



 その後もエーシェンさんがいくつか質問をして、その場はお開きとなった。


「あの…俺たちがいる必要、ありましたか?」

「そりゃ、関係者だからね。ただのスリならともかく…その少年が持っていた魔道具、魔法唱板はどこから来たことになる?」

「…まさか、あの子と賊には繋がりがある?」

「もちろんただの偶然って可能性もあるよ。賊が魔法唱板を偶然落として、少年がそれを拾って、攻撃に使えることに気づいたという可能性がね。…もしそうなら、まだ面倒くさくないんだけどね」


 嘆息して、エーシェンさんは資料を部下の女性に手渡し、騎士団へ持っていくように命じた。


「君たちも身の回りには気をつけたほうがいい。これだけで終わる保証もないからね。エルジュ君も同じだ、シルヴィーナ様の友人である以上気にしておいて損はない」


 そう言うと、エーシェンさんはギルドのカウンターの奥へと引っ込んでいった。


「…なんか、とんでもないことに巻き込まれたのかもな、オレたち」

「ただの偶然であってほしいんだがな…」


 そうぼやいてはみるが、俺もこの事件がこのまま終わるとは思えなかった。



 幸い、宿に帰るまでに襲撃されたりはしなかった。

 それでも警戒しながら歩いてきたので、精神的に疲れてしまった。


「これからしばらくは、こんな感じなのかなぁ」


 俺の部屋に来たリーサが、ベッドに座りながらうなだれた。

 冒険者業をやっている以上動物や魔物相手の警戒はできるのだが、人間を相手にするとなると気をつける項目が一気に増えてしまう。


「一応、ガルゼたちにも話をしておこう」


 今できることといえば、他人を頼ることにほかならなかった。

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