82. 追跡

 俺とリーサはすぐに駆け出した。

 先程の少年がスリだろうと推測して追いかけてみれば、気づいた彼はすぐに走り出した。

 ビンゴだ。

 人々の注目を集めながら、全速力の鬼ごっこを繰り広げる。

 さすがに少年程度に負けるほどの足の速さではないため、だんだん距離が縮んできた。

 …ちなみに、リーサの方が速い。


「っ…!!」


 少年はこちらを一瞥し、かくんと曲がって裏路地へと入っていった。


「待ちなさい!!」


 リーサは叫んで、裏路地に飛び込んでいった。


「あ、ちょ、おい!」


 裏路地は危ないんじゃないか、という考えが頭をよぎったが、リーサだけ行かせるわけにもいかないので俺もあとを追う。

 踏み込むと、裏路地特有のひんやりとした感覚を肌に感じた。しかしそれを気に留める暇もなく、俺は精一杯足を回して走った。


「捕まえた!その財布返しなさい!」


 曲がった先で、リーサが少年を羽交い締めにしていた。


「くそっ!!離せよ!!」


 少年が無茶苦茶にもがいて脱出を試みるも、相手は冒険者業で生計を立てるリーサである。

 俺は上がった息を整えて、二人の前に出た。


「相手が悪かったな。今財布を返してくれたら見逃してやるぞ」

「うるさい!!僕はこれがないと死ぬんだよ!!!」


 少年の反駁に、俺とリーサは声を詰まらせた。

 渇すれども盗泉の水を飲まず、なんてことわざがあるが、それは自分のモットーとするべきものであり、他人に押し付けるべき価値観ではない。

 そして、生活保護を受けたくとも受けられない人が存在することを、俺もリーサも身をもって知っていた。


「チクショウ、これでも食らいやがれ!」


 リーサの拘束が少し緩んだその隙に、少年は懐から何かを取り出して、リーサの手に叩きつけた。

 刹那、弾けるような音が響き渡った。


「痛っ!!!」


 リーサがパッと少年を離し、自分の手を押さえる。

 少年の方も痛そうに顔をしかめ、手に持っていたそれを手放した。

 しかしすぐに、全速力で駆け去っていった。


「あっ、ちょ、待ちなさい…!」

「大丈夫か、リーサ!?」


 立ち上がろうとしたリーサを押し留め、俺はリーサのそばにしゃがみ込んだ。


「ちょっと見せてみろ」


 リーサが押さえている右手を取って、開かせる。

 手のひらも手の甲も見てみたが、特に怪我らしい怪我はない。


「手、ちゃんと動かせるか?」

「うん、大丈夫…痛みももうないから」


 リーサは右手を握ったり開いたりしてみせた。


「それより、はやく追いかけないと!」

「いいって。どうせ入ってたの、今夜の飯代くらいだし。騎士団には被害報告しておこう」

「ヒロキがそう言うなら、いいけど…」


 リーサは立ち上がろうとして、少年が落としていった何かに気がついた。


「なんだろ、これ?」

「あいつがリーサに叩きつけたものだよ。何なのかはわからないけど」

「うーん…暗くてよく見えないや。とりあえず、騎士団の詰所に行かないと」


 俺はリーサからそれを受け取って、裏路地の出口を目指した。

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