80. 喫茶店にて

 ドアを開けると、取り付けられていた鈴が軽やかな音を発した。

 奥に空いているテーブル席を見つけ、歩いていく。

 すぐにふんわりとしたコーヒーやケーキのような香りが漂ってきて、食欲を刺激してきた。

 …というかこの世界、コーヒーやケーキがあってしかも庶民に入手できるんだな。まあエルディラットが裕福な都市なだけかもしれないが。


「ご注文お決まりになりましたらお呼びください」


 メニューが書かれた紙を数枚置いて、店員は立ち去った。

 その紙はエルジュとシルヴィに譲り、俺は声を潜めてリーサに話しかける。


「リーサ、良かったのか?」

「うん。一回こういうお店行ってみたかったんだ」

「そうじゃなくて…その、お金とか」

「そっちも大丈夫。最近は3級依頼も順調にこなせてるし、それにあの狼の報酬があるから、こうやってちょっとした飲み食いくらいはできるよ」


 ギルドが詳しく調べたところ、あの狼は1級依頼に足を突っ込むレベルのヤバい奴だったらしく、報酬もパソコンどころじゃない額だった。

『もし近くに湧いてるのがあんなのばっかりだったらエルディラットは滅んでるね』とはエーシェンさんの弁である。

 そんなヤバい奴に俺はのしかかって押さえていたのか…と思うと、否が応でも鳥肌が立つ。

 あの時は妙なテンションになっていて倒せてしまったが、できればもう対峙したくはない。


「よし、決まった。そっちも見るだろ?」

「おう、ありがと」


 エルジュからメニューを受け取って、それとなく俺とリーサの中間に持っていく。

 リーサと肩がぶつかる。


「あ、ごめん」


 顔を上げたリーサと目が合った。

 思わず数秒間ほどそのまま見つめてしまい、ハッと我に返って後ろを向く。

 …顔が、近かった。

 美少女の表情が、至近距離にあった。

 心拍数が上がっている。


「…なんでお前ら互いにそっぽ向いてんだ?」


 エルジュの一言で、俺は視線をサッとメニューに動かした。

 視界の端で、栗色の長髪が揺れるのが見えた。



 注文を済ませて、雑談に移る。

 話題は早々に定まった。


「しかし、爆破予告ねぇ。誰が何のために…」

「大学が嫌な人とか?」

「いやいや、それくらいで爆破するなんて…」

「予告出しときゃ休みになるから、実際に爆破する必要はないんだよな」

「しかし、技術発表会を名指しで中止させていますわ。単に大学を休みにするため、というのは何か違う気がいたしますの」


 シルヴィの指摘も一理ある。


「だとすると技術発表会があると困る人がいるってことか?例えば…魔道具を作って独占したいけど、その魔道具が発表されると聞いて阻止しようとしたとか」

「でもそしたら魔道具特許取れば良いんじゃない?」

「魔道具特許?」


 エルジュにリーサが返したその単語が気になった。


「魔道具特許は、開発した魔道具が他の人に真似されてお金を稼いだりされないように、国に認めてもらう仕組みなんだ。たしか50年間くらいは保護されるんじゃなかったかな」

「そういう制度があるのか。割とちゃんとしてるな」

「まぁ…他の国では無効になっちゃうけどね。大陸の南の三ヶ国とかみたいな、仲の悪い相手だと簡単に真似されることも多いから」

「大陸の南…シェードゴールズ共和国とかか?」

「そうだね。他の二国よりも大きいしね…」


 リーサは壁に飾られた世界…『大陸』の地図を見やった。

 この大陸には南北にそれぞれ三つの国がある。

 そのうち、北の東側に位置するのが俺たちがいるコースヴァイト王国で、その南にある隣国がシェードゴールズ共和国だ。

 200年前の大戦以降、南北の国家はそれぞれまとまって互いに敵対するようになった。

 今はわりと平和で国交もあるにはあるが、それでも緊張状態が続いていることには変わりないという。

 コースヴァイトとシェードゴールズは南北それぞれの国の中でも一番力が強く、自然とこの二国が南北対立の中心に来ているらしい。

 そんなことを思い出していると、一つの疑問が浮かび上がった。


「変な質問かもしれないけどさ…やっぱり、シェードゴールズとか南の国が憎かったりする?」

「オレは別にないな」

「ありませんわね」

「ないよ」


 予想に反して、まさかの全否定だった。


「国同士が仲悪くても、わたしたちには関係ないし」

「別にオレの魔道具を模倣されたりはしてないしな」

「むしろせっかく今平和なのですから、和平交渉を推し進めるべきですの」

「…よかった。俺と同じ考えだ」


 コースヴァイトは、王国という名を冠してはいるものの、ちゃんと言論の自由はあるらしい。

 現代日本人としては変に気を遣う必要がなくて一安心だ。

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