2 魔科研の夏 #2
78. 突然の出来事
「ヒロキ、お願い!」
「おう!」
銃型魔道具に刻まれた一本の溝に指を押し当て、魔子を流し込む。
溝が赤く光り、銃口に取り付けられた魔法陣に魔素が流し込まれた。
生み出された火の玉がまっすぐ飛んでいき、熊の顔面を捉える。
大したダメージにはなっていない。だが、それでいい。
熊がこちらを向いたその瞬間を狙って、リーサが首筋に剣を突き立てる。
熊は一瞬断末魔を放って、絶命した。
二人して軽く手を合わせたあと、リーサが手早く討伐証明部位になる部分を取った。
「二人とも息ピッタリだな…っと!」
ガルゼが熊の攻撃をいなし、距離を取る。
「ビスティー!アンセヴァス!」
「了解!」
「任しときな!」
ガルゼの後ろから二人の男が飛び出す。
片方は熊を翻弄してあらぬ方向へと視線を向けさせ、できた死角をもう一人が突く。
まもなく、こちらの熊も絶命した。
「よし、倒したな!ピーゼン、頼んだぞ」
「あいよ」
距離を取っていた細身の男がぬるりと現れ、一瞬で討伐証明部位を取り去った。
「相変わらず、そっちのパーティも手際良いですね」
「ま、お前らよりは長く組んでるからな。つったってお前らも相当だが」
ガルゼは自分のパーティメンバーを見やって言った。
「だいたいはガルゼのおかげだよ。こんな筋肉しといて実は司令官役が一番上手いんだ」
「本当だよな。見た目が完全に一番前で戦ってるヤツなのによ」
「そうそう。初見じゃ誰も信じない」
ビスティーことビスティルタ・サジマカルの言葉に追随したのは、ガルゼのパーティで主に戦闘を担当しているアンセヴァス・パールオーリーと、主に解体を担当しているピーゼン・カンス・ジェートマークだ。
「ふぅ、これで今日は十分かな?」
「一日の稼ぎとしちゃ十分だな」
俺たちは3級依頼である熊――タイリククログマというらしい――の討伐をこなしていた。
リーサを蝕んでいた3級依頼へのトラウマを解消させたあと、俺とガルゼのパーティは一緒に依頼を受けに出るようになっていた。
元はといえば誘拐犯と誘拐被害者という奇妙な関係だが、今では戦闘に関する豆知識を教えてもらったり、逆に魔法に関することを教えたりといい関係を築けている。
「しかし、今日倒した奴らにも魔物が混じってんのかね」
「混じってると思う。そんな感じがした」
「魔物が増えてるってのもマジらしいな…これ以上北のほうはやめたほうがいいか」
比較的魔物が少ないらしい南東のほうで俺たちは狩りをしていたが、それでも魔物は普段よりもいる。
東から北東にかけては2級依頼クラスの魔物も現れるだろう。そうなると俺とリーサではさすがに力不足だ。
ガルゼたちなら倒せるかもしれないが、もし一度に相手が複数出たりしたら命の危険もある。
「ま、しょうがないな。数が増えすぎたら騎士団が出るだろ」
「そうだな。技術発表会が終わる頃にはもとに戻ってると良いんだが」
「そういやお前ら準備してたな。今日もあるのか?」
そんな話をしながら、俺たちはギルドへと戻っていった。
「ちわーっす」
「こんにちはー」
挨拶をしながらドアを開けると、ひんやりした空気が漏れ出してきた。
今日もエアコン魔法陣は元気に稼働しているらしい。
「あれ、イルク先輩いないんだ」
「技術発表会関係の会議があると言っていましたわ」
「らしいな。発表順でも決めてんのかね」
「違うと思う。イルク先輩、臨時の会議と言っていた」
「なるほど、大まかにはわかった」
俺は荷物を下ろして床にあぐらをかいた。
…さて、今日はどうしようか。
馬車の点検は昨日済ませてしまったし、発表原稿はイルク先輩に任せている。
「…来てはみたけどやることないね」
「たしかにな」
マーリィ先輩はいつもどおり魔法陣の書類を整理していて、シルヴィとエルジュは既存の魔道具の魔法陣を眺めてはああだこうだと議論している。
「俺たちもなにか魔道具の案を練るか…?」
「それだったら、拡声魔法を楽に使える魔道具があったらいいんじゃない?ついでになにか改良加えてさ」
「いいね、採用!今使われてる拡声魔法ってどんなんかな」
「マーリィ先輩が持ってるんじゃない?」
なんとなく活動内容が決まったその瞬間、ドアが軋みながら開いた。
「イルク先輩、こんにち…は…?」
「…あぁ、ヒロキ君か」
現れたイルク先輩は、明らかに気落ちしていた。
「あの…イルク先輩?会議でなにかあったんすか…?」
「あぁ…」
エルジュが恐る恐る発した問いに、イルク先輩は力なく答えた。
「技術発表会は、中止だそうだ」
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