77. 帰宅

 やり残していたこと――冷蔵庫魔法陣や狼の体を埋める穴掘りを終えて、俺たちは帰路についた。

 穴掘りは結構重労働で、時間と体力を消費してしまったが、特に大きなトラブルもなく帰ることができた。


「こんな短期間でも、少し懐かしく思えますわね」


 エルディラットを囲む防壁を眺めながら、シルヴィが言った。

 雑談をしながら門をくぐると、見慣れたエルディラットの町並みが目に入ってきた。

 帰ってきた、と思うと同時に、自分がどうやらこの町に心を許したらしいことを自覚した。

 今や、俺にとって帰る場所はもう日本ではなくエルディラットなのだ。

 それはこの世界に適応できている証拠でもあったが、どこか寂しい気持ちもあった。


「それじゃ、また明日な」


 ホゥミィちゃんの牽く馬車が大学の門を通り、構内へと消えていった。

 残ったのは俺とリーサだ。例の狼の頭をギルドに届けるため、途中下車をしたのだ。


「しかし、意外と重いな…」

「大丈夫?疲れたら持つよ」

「いやいや、ここで女の子に持たせるわけにはいかないって」


 カッコつけて、箱をあらためて抱え直す。

 実際のところ、何年も冒険者をやっているリーサと日々パソコンに向かっていたオタクのどちらが力持ちかなんてことはわかりきった話だったが、悲しくなるので考えないことにした。


「着いたよ。お疲れさま」

「ふぅ…こんぐらい、はぁ…なんでも…」


 情けない息切れをしつつ、ギルドに入る。

 その瞬間。


「あっ!!!ヒロキ君!!!」

「うおっ!?」


 ものすごい大きい声で名前を呼ばれ、思わず箱を取り落としそうになった。

 リーサに支えてもらいつつ、声の主を探す。


「リーサちゃんも…無事だったか!?なんか怪我してたりは…」

「ちょ、なんですかエーシェンさん!なんかあったんですか!?」


 声の主――エーシェンさんはホッとしたように胸をなでおろして、それから自分がギルド内にいる人々の注目を集めてしまったことに気がついた。


「…二人とも、こっちに来てくれないか」


 そうして、俺たちは勝手知ったる面談室へと案内された。



「本当に無事でよかった…」


 エーシェンさんは何かから解放されたような表情をしてソファに座り込んだ。


「マジで何があったんですか」

「君たちに安全だと言った方角から、魔物にボロボロにやられた商隊がやってきたんだ。未確認の魔物が…それも複数、現れ始めているらしい」

「…もしかして、狼とかですか」

「見たのか!?」

「いやー…見たというか…」


 リーサが、持ってきた箱を開けた。


「倒しました…」

「うわぁっ!?」


 エーシェンさんが後ずさる。

 そりゃ目の前の箱から生首が出てきたら誰でも驚くだろうな、と妙に冷静な思考が走った。


「ほ、本当に狼だ…魔物かどうかは調べてみないとわからないけど、もしそうなら2級依頼のレベルに匹敵すると思う。本当に怪我はなかったかい?」

「苦労はしましたけど、なんとか…」

「そうか、ヒロキ君にはあの必殺技があったな。…なんにしろ、本当に無事でよかった…リーサちゃんのトラウマが僕のせいで深まってしまったなんてことになったらどうしようかと…」


 エーシェンさんは深く息を吐いた。



 結局、倒してきた狼の頭はギルドに引き取られることになった。

 新しい魔物関連の話でギルドは忙しいらしく、報酬が確定するまでにはしばらくかかるだろうということだった。


「とりあえず、各地の支部とも連絡を取り合わないとな…あとは…注意書きしておかないと」


 エーシェンさんはそんなことを言っていた。



 次の週末にギルドに行ってみると、すでに張り紙がされていた。


「『東方面に2級相当の魔物出現の兆候あり。オーチェルン等東の都市へ行く際注意されたし』だって」


 サッと読めなかった俺の代わりにリーサが張り紙を読んだ。

 そこに書かれていたオーチェルンという都市の名前に、俺はどこか聞き覚えがある気がした。


「おうヒロキ、なんか大変だったんだってな」

「ガルゼ、久しぶり」


 最近生活時間が被らず顔を合わせていなかったガルゼと、ギルドで鉢合わせた。


「東の方は結構稼げる所だったんだがなぁ…2級相当の1体や2体ならともかく、数が不明じゃ危なすぎる。また別の方で狩場探すか」

「せっかくだし久々に一緒に行かないか?」

「乗った!んじゃ早速…って、3級以上はダメなんだっけか」

「ううん、大丈夫」


 リーサは自ら3級依頼の掲示板に向かっていった。

 そこには躊躇も恐怖もない。

 なんでもないことのように、リーサは依頼書を1枚剥がした。


「これとかどうかな?報酬もわりといいと思うんだ」


 けれどもそれは、確かにリーサが困難を乗り越えた証拠だった。

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