76. 赤魔法開発再び

「どうだ?できそうか?」

「ああ、多分…こうかな…」


 身体を拭いて服を着て、エルジュが魔素を魔法陣に流す。

 ぼんやりと赤い光が、魔法陣の隅々に行き渡る。


「お…おぉ…すげぇ…」

「僕も!僕も試していいか!」


 感動に声を震わせるエルジュと、いつになくテンションが高いイルク先輩。

 なんだか久々に異世界らしいチートを行使した気分だ。


「信じられない…本当に、赤魔法を使えるなんて…!」

「やっぱ魔道具開発者としては赤魔法を使えたほうが嬉しいのか?」

「いやいやヒロキ君、それは赤魔法を軽視しすぎだよ」


 呑気な質問をしたら、イルク先輩が苦笑いしつつ否定した。


「赤魔法が使えるってだけで大陸中の国がその人材を重宝するんだ。他の国に流れたりしないように国もお金をかけるから、間違いなく僕たちの人生はこの瞬間変わったと言っていい」

「…そんなですか」


 体内の水分を必要とする青魔法に比べ、赤魔法は圧倒的に使いやすい。

 それは理解しているつもりだが、やはりまだ実感がなかった。


「それ以上に、他人を赤魔法使いにできてしまうヒロキはヤバいと思うぜ。それこそ…今の社会をまるごとひっくり返してしまうほどに」

「その事実が知れ渡ってしまったら、まず間違いなく命を狙われるね…コースヴァイト王国自体になにか仕掛けてくる国もいるかもしれない」

「コースヴァイト?」

「ん?…あぁ、もしかして知らなかったか?コースヴァイト王国はこの国の名前だよ。代々コースヴァイト家によって治められているんだ」


 そういえば国の名前を聞いたことがなかった。そりゃ授業でも自国の名前くらいは知っているのが普通だからわざわざ言ったりはしないよな…


「なにか仕掛けてきそうな国ってあるんですか?この国と仲が悪いみたいな」

「大陸の南にある3カ国はどこも仲が良いとは言えないからなぁ…近さで言えば、隣国のシェードゴールズ共和国とかか?」

「僕もそう思うよ。大陸内でも王国に次ぐ大国だから油断はできないな。…まぁ、僕たちが心配したところでなにかできるわけじゃないけどね」

「そうなんですね…隣国かぁ」


 この世界に来てから忘れていたが、よく考えれば基本的に俺はエルディラットから出たことがない。

 今いるところが多分一番エルディラットから遠いところだが、ここも行政区分的には外エルディラットというところらしいし、隣の都市まではもう少しあるらしい。


「エルディラットの外にも出てみたいな」

「エルディラットの外か…」


 エルジュが考え込む。


「そういえばオレ、エルディラットから出たことないな」

「僕もだな。まぁ、よほどのことがなければ出る理由もないしな」

「そりゃそうか」


 地球の歴史においては、個人が自由に旅行するようになったのは近世に入ってからというのを聞いたことがある。

 エルディラットを見た感じでも、商人の馬車は比較的頻繁に出入りしているものの個人が旅行している感じではない。

 だが、冒険者ならば依頼をこなすついでに旅行もできるかもしれない。

 俺としても、せっかくこんな世界に来たからにはいろいろなところを見て回ってみたいと思っている。

 ハードルは高いが、なにか旅行できる方法を考えてみるか…


「そろそろ戻ろうか。あんまり遅いと迷惑をかけてしまう」


 イルク先輩に声をかけられて、俺は魔法陣を適当に崩してから立ち上がった。

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