71. 決別

「なん、で…狼が、ここ、安全なはずじゃ…」

「落ち着けリーサ!あれはシカやウサギと変わらん!」


 自分でも無理があることがわかっていながら、とにかく落ち着かせるために俺はそう叫んだ。


「とりあえず剣と盾を準備してくれ!」


 言いながら、俺は腰から銃型魔道具を外し、構える。

 しかし、これは大会で使ったやつをそのまま持ってきたので、威力は心許ない。

 一応体内の魔子を全部吐き出させる方も持ってきてはいるのだが、そもそもあの狼が魔物なのかがわからないし、そもそも魔物が魔法を使うとは聞いていないので多分効かないだろう。

 戦いに関してもてんで素人だが、とりあえずブチ込むのは多分悪手だろうとは思う。

 さて、どうするか…。

 悩んでいる間にも、狼はこちらへゆっくりと歩いてくる。

 まるで余裕を見せつけるかのように。


「火の後ろへ回るぞ」


 狼を刺激しないよう、俺とリーサはゆっくりと動く。

 焚き火を挟んで狼と対峙する形となった。

 これで狼が帰ってくれれば良いのだが…そうはいかないらしい。

 低い唸り声を上げた狼に驚いてか、リーサは俺の後ろに隠れてしまう。

 …埒が明かない。

 こちらにはテントもあるしホウミィちゃんもいる。何としても被害は防がねばならない。


「動くぞ。場所を変えよう」

「う、うん…」


 リーサは俺の服の裾を掴みながらついてきた。

 俺は狼に銃を向けたまま、足音を忍ばせるように歩く。

 テントもない、ホウミィちゃんもいない方に来た。

 万が一俺たちが襲われても向こうまでは被害が及ばないだろうという、希望的観測がふんだんに混じった考えだ。


「…そうだ、体内魔素乱しをすれば…!」


 緊張状態のせいで忘れていた自分の必殺技を思い出し、やってみる。

 指先からレーザー光線のように赤い光が飛び出し、狼を貫いた。

 狼の体がぐらりと揺らぐ。


「よっしゃ!」


 しかし、狼は倒れかかる方に足を出し、踏みとどまった。

 それはつまり、効かなかったということ。

 そして悪いことに、狼はこちらを敵認定したようだ。

 地面を蹴って、狼がこちらへと駆ける。


「クソっ…!」


 ほぼ反射で魔法陣に魔素を流す。

 オレンジ色の弾が狼の顔面を捉えた。

 さすがに効いたようで、狼は地面に転がる。

 が、すぐに起き上がる。


「やっぱ効かないか…」


 リーサを引っ張り、狼から距離を取る。


「どうすりゃいいんだ…」


 口に出すも、思考が混乱してまとまらない。

 ちらりとリーサの顔を伺う。

 目尻に涙が浮かんでいるのが暗闇の中でもわかった。


「くっそ、さっきの魔素流乱しで倒れてくれりゃな…」


 そうぼやいて、気づいた。

 そして、同時に作戦を考え、リーサに伝える。


「リーサ、何発か魔素流乱しをブチ込むから、剣でトドメ刺してくれ」

「わ、わたしが…?」


 リーサは可哀想なくらい声を震わせている。

 だが、俺にトドメを刺す術はない。


「倒れはしなかったがふらついてはいた。何発かやれば倒せると思う」

「じゃあ、それで…」

「だけどトドメを刺せるかはわからない。ただでさえ、もともと人を殺さず気絶させる技なんだから殺せるとは思えない。だからリーサの剣が必要なんだ」


 言いながら、手のひらに魔法陣を構築し――撃つ。

 レーザー光のような赤い一筋の光が、何度も狼を貫く。

 狼の体は揺らぎ、それでも立ち止まり――そして、ついに地面に倒れ伏した。

 すかさず、俺は狼に駆け寄り、全体重を使って押さえつけた。

 驚くべきことに、狼は未だ動こうとしていた。

 弱ってはいるが、それでも低い唸り声を上げている。


「リーサ!」


 俺は声を張り上げた。

 リーサは剣を握りしめ、しかし青い顔で震えている。


「リーサ、これはトラウマを解消するまたとないチャンスだ!早く!」


 正直、小威力の銃型魔道具をこの至近距離でぶっ放せば、倒すことはできると思う。

 だが、それじゃダメだ。

 リーサが倒さねば意味がない。

 だんだんと、押さえつけるのも厳しくなってきた。

 ここで手を離せば、喰われるくらいには。


「早く!!」


 俺が再び叫ぶと、リーサはよろよろと近づいてきた。


「そうだ…首を、落とすんだ…リーサなら、できる」


 歯を食いしばって狼を押さえつける。

 だが、もう限界が迫っていた。


「頼む」


 リーサは真っ青な顔で、足も手も震わせながら…しかし、はっきりと頷いた。

 そして、剣を振り上げる。


「やあっ!!」


 狼の体から、力が抜ける。

 びちゃびちゃと液体が迸り、地面に吸われていく。

 リーサの剣は、見事一撃で首を落としていた。

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